同窓会の会話はなぜ「勝ち負け」のゲームになるのか
虚無からの帰還
ラボのソファに、抜け殻のようになった潮目が沈んでいた。
その姿は、まるで観測フィールドで豪雨に打たれた後の残骸のようだ。
「潮目さん、おかえりなさい」
メンテナンスを終えたナギが、平坦な声で尋ねる。
「……ただいま、ナギ君」
「高校の同窓会、いかがでしたか。その様子だと、何か観測対象として興味深い生態でも?」
「いやあ、もう……なんていうか、虚無だったよ」
潮目は天井を仰ぎながら、力なく笑った。
「僕が『データと風景のあいだを観測してるんだ』なんて熱く語っても、みんな『へえ、よくわかんないけど頑張ってるんだ』って感じでさ」
「想像に難くないですね」
「最終的には『まあ、潮目は昔から変わらないよな!』で全部片付けられちゃった。会話のキャッチボールっていうか、一方的な壁当てをしてる気分だったよ」
その言葉に、ナギは少しだけ間を置いてから、静かにモニターへ視線を移した。
「すごい上司」という名のトロフィー
「でもさ、一つだけ異常に盛り上がった瞬間があったんだ」
潮目がむくりと身体を起こす。
「僕の上司の話になった時だよ。『うちの所長がさ』って、白波所長の名前を出したら、急に空気が変わったんだ」
「……ボス、ですか」
ナギの口調が、ほんのわずかに硬くなる。
「そう! 男子連中は『え、あの白波さん!? マジで!?』ってすごい食いつきでさ。どんな人なんだって質問攻め。で、女子たちは……なんというか、遠巻きに探るような、ちょっと棘のある視線?嫉妬、なのかなあ」
「なるほど。状況は理解できました」
ナギはそう言うと、一つのテキストをディスプレイに表示させた。
「潮目さん、この言葉はご存知ですか」
Most conversations feel productive but go nowhere because people want to win, not solve.
(多くの会話は生産的に感じられても、どこにも行き着かない。なぜなら人々は解決したいのではなく、勝ちたいからだ。)
出典: Your Conversations Are Stuck, Here's How to Break Free (Psychology Today)
「勝ちたい、か……」
潮目は、ディスプレイに映し出された一文を、ただじっと見つめていた。
僕たちは「解決」より「勝利」を求めている
「同窓会のような社交の場における会話は、問題解決のための議論ではありません」
ナギは淡々と分析を続ける。
「それは、自身の社会的地位や幸福度を確認し合う、一種の生存戦略。つまり『勝利』するためのゲームです」
「ゲーム……」
「はい。潮目さんの『データと風景のあいだ』という仕事内容は、彼らの価値観では勝利の指標になり得ない。だから『よくわからない』で処理されるんです」
「うっ……的確だけど、刺さるなあ」
「しかし、『絶世の美女で有名な白波所長』は違います。男性陣にとっては『そんなすごい人物を上司に持つ自分』という分かりやすいトロフィーであり、勝利の証になる。女性陣にとっては、それが敗北感や嫉妬に繋がる。ただそれだけのことです」
ナギの冷静な分析に、潮目はぐうの音も出ない。
「そっか……じゃあ僕が悪いんじゃなくて、会話のルールが違っただけなのか」
「そういうことです。潮目さんはサッカーの試合に、一人だけ野球のルールで参加していたようなものですよ」
「なんだか少し楽になったよ! ってことは、今度から僕の額に『白波所長直属』って電光掲示板でもつければ会話が弾むかな!?」
潮目が突飛なアイデアを叫ぶ。
「ボスに消されますよ。あと、ラボの備品で勝手な工作をするのはやめてください」
ナギはピシャリとそれを否定した。
「でも、もしこの『会話の勝利ポイント』みたいなのをリアルタイムで計測できるデバイスがあったら、面白くないですか? 誰がマウントを取って、誰が聞き役に徹してポイントを稼いでるか、全部データで可視化するんだ!」
「……その観測機材、少し興味がありますね。センサーの仕様書、あとで提出してください」
意外にもナギがそのガジェット開発の妄想に乗っかり、二人の目は子供のように輝き始めた。
データと風景、そして人間のあいだ
「結局、みんな分かりやすい物語が好きなんだなあ」
ひとしきり盛り上がった後、潮目はぽつりと呟いた。
「『難解な研究をしている昔の同級生』より、『すごい美女の上司を持つ昔の同級生』のほうが、よっぽどキャッチーで、消費しやすい物語だもんね」
「人間もまた、我々の観測対象ですから」
ナギは静かに返す。
「その複雑で、時に非合理的な生態もまた、美しいデータの一つです」
潮目は何も言わず、ラボの大きな窓から見える街の夜景に目を向けた。
きらめく無数の光は、まるで膨大な観測データのようだ。
「データと風景のあいだ、か……」
その間にいる、僕たち人間のことも、もっと観測しなくちゃいけないのかもしれないな。
潮目は、少しだけ疲れた顔で、でもどこか満足そうに微笑んでいた。