UNKN_LEVEL: ★★★:完全な未知

【同窓会で「勝ち負け」が生まれるのはなぜ?】|会話が「虚無」と「トロフィー」を競うゲームになる時

【同窓会で「勝ち負け」が生まれるのはなぜ?】|会話が「虚無」と「トロフィー」を競うゲームになる時
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虚無からの帰還

ラボのソファに、抜け殻のようになった潮目が沈んでいた。

その姿は、まるで観測フィールドで豪雨に打たれた後の残骸のようだ。

「潮目さん、おかえりなさい」

メンテナンスを終えたナギが、平坦な声で尋ねる。

「……ただいま、ナギ君」

「高校の同窓会、いかがでしたか。その様子だと、何か観測対象として興味深い生態でも?」

「いやあ、もう……なんていうか、虚無だったよ」

潮目は天井を仰ぎながら、力なく笑った。

「僕が『データと風景のあいだを観測してるんだ』なんて熱く語っても、みんな『へえ、よくわかんないけど頑張ってるんだ』って感じでさ」

「想像に難くないですね」

「その後、なんか僕だけ珍獣扱いされつつマウントバトルが始まっちゃってね。年収とか役職とか、みんな『勝利』に飢えていたみたいで」

「潮目さんは、そこでどう対抗してみたんですか?」

「僕だって熱く語ったさ。『年収1000万? でも君は千葉の泥から未知の菌類を採取した快感を知ってるかい!?』って熱弁したら、全員に一歩引かれてヒソヒソ話しされるくらいになっちゃってさ」

「そりゃそうなりますよ」

「最終的には『ま、潮目は昔から変わらないよな!』で全部片付けられちゃった。会話のキャッチボールっていうか、一方的な壁当てをしてる気分だったよ」

その言葉に、ナギは少しだけ間を置いてから、静かにモニターへ視線を移した。


「すごい上司」という名のトロフィー

「でもさ、一つだけ、僕絡みで盛り上がった瞬間があったんだ」

潮目がむくりと身体を起こす。

「所長の話になった時だよ。『うちの所長がさ』って、白波所長の名前を出したら、急に空気が変わったんだ」

「……ボス、ですか」

ナギの口調が、ほんのわずかに硬くなる。

「そう! 男子連中が『あの伝説の白波さん!? 潮目、お前あのパーフェクト超美人の直属なのか!?』って膝をつく勢いで食いついてきてさ! 気がついたら僕、白波所長を召喚した英雄扱いだよ!」

「なるほど」

「ちなみに女性陣は……なんというか、遠巻きに探るような、ちょっと棘のある視線?嫉妬、なのかなあ」

「状況は理解できました」

ナギはそう言うと、一つのテキストをディスプレイに表示させた。

「潮目さん、この言葉はご存知ですか」

Most conversations feel productive but go nowhere because people want to win, not solve.
(多くの会話は生産的に感じられても、どこにも行き着かない。なぜなら人々は解決したいのではなく、勝ちたいからだ。)
出典: Your Conversations Are Stuck, Here's How to Break Free (Psychology Today)

「勝ちたい、か……」

潮目は、ディスプレイに映し出された一文を、ただじっと見つめていた。

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

僕たちは「解決」より「勝利」を求めている

「同窓会のような社交の場における会話は、問題解決のための議論ではありません」

ナギは淡々と分析を続ける。

「それは、自身の社会的地位や幸福度を確認し合う、一種の生存戦略。つまり『勝利』するためのゲームです」

「ゲーム……」

「はい。潮目さんの『データと風景のあいだ』という仕事内容は、彼らの価値観では勝利の指標になり得ない。だから『よくわからない』で処理されるんです」

「うっ……的確だけど、刺さるなあ」

「しかし、『絶世の美女で有名な白波所長』は違います。男性陣にとっては『そんなすごい人物を上司に持つ自分』という分かりやすいトロフィーであり、勝利の証になる。女性陣にとっては、それが敗北感や嫉妬に繋がる。ただそれだけのことです」

ナギの冷静な分析に、潮目はぐうの音も出ない。

「そっか……じゃあ僕が悪いんじゃなくて、会話のルールが違っただけなのか」

「そういうことです。潮目さんはサッカーに、野球のルールで挑んだようなものですよ。同窓会は『勝利』を競うゲームです。潮目さんの『泥のデータ』は価値ゼロですが、『絶世の美女で有名な白波所長』は圧倒的な勝利のトロフィー。だから一発逆転できただけですよ」

「うっ……的確だけど刺さる! じゃあ今度から、胸に『白波所長の金魚フン』って札を下げていけば無敵かな!?」

潮目が突飛なアイデアを叫ぶ。

「ボスに消されますよ」

ナギはピシャリとそれを否定した。

「それはさておき、もしこの『会話の勝利ポイント』みたいなのをリアルタイムで計測できるデバイスがあったら、面白くないですか? 誰がマウントを取って、誰が聞き役に徹してポイントを稼いでるか、全部データで可視化するんだ!」

「……その観測機材、少し興味がありますね。仕様はどうします?」

「そうだね、たとえば『相手の年収アピール! 潮目の防御力ゼロ!』『白波カード発動! 攻撃力10万!』みたいカードゲームみたいな」

「その機能、当ラボの対人アナライザーに実装可能ですね。仕様書を作成します」

意外にもナギがそのガジェット開発の妄想に乗っかり、二人の目は子供のように輝き始めた。


データと風景、そして人間のあいだ

二人が不穏なガジェット開発で盛り上がっていると、カツン、と硬質なヒールの音が響いた。

「潮目、頼んでたデータ分析結果だけど、締切が繰り上がったの。申し訳ないけど大至急取りまとめを...?」

白波所長が言葉を中断した。目に入ったのは、潮目が装着するヘッドセットに浮かぶ『所長直属の金魚フン』という表示である。

気づいたナギは、知らん顔でサーバールームに移動する。

「ナギくん、イカした表示だけど判定ロジックのチューニングが...」

バイザーを揚げた潮目の前に見えたのは、腕を組み、冷ややかな笑みを浮かべた白波所長だった。

「し、所長ーーーーーっ!」

「……なに、それは?」

慌てた潮目は、同窓会の一部始終をしどろもどろに説明する。

「へぇ……私の名前で同窓会を無双して、そこから着想を得たデバイスの開発?」

白波所長は、優雅に椅子に腰を下ろして足を組むと、

「潮目、他人にマウント取りたくなる程度には余裕あるのね」

「いえそんなことは」

「いい? 他人のカリスマ性や立場を借りて取る『勝利』ほど、安っぽくて惨めなものはないわ。あなたはデータと風景を観測する研究員、実力と実績こそ勲章よ。そうね、明日のフィールドワーク、千葉の泥沼で深度10メートルのサンプルを単独で採集してきなさい」

潮目を射抜くように鋭い眼光を向けた。

「えーと、明日って、土砂降りの予報で」

「かえってぬかるんで掘りやすいわ。断ったら、あなたの使える予算、どうなるかわかってるわね?」

「ひいいい...」

情けない声。不動の勝者がだれであるのか。同窓会という場でなくとも、それは確かなことだった。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

ちなみに

同窓会では、潮目の知らぬところで、本当の勝利を掴んでいた二人がいたのだった。

やはりマウントなんてろくでもないということです。

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