な、なんだってー!太平洋の海底で地球が裂けているというのか!?
大変だよナギ君、地球は滅亡する!
「大変だよナギ君、地球は滅亡する!」
ラボに響き渡る潮目の絶叫。彼はモニターをバン!と叩きながら、まるで世界の終わりを見てきたかのように叫んだ。
「なんですってー!」と叫びながら駆け寄る……なんてことはもちろんない。
ナギはマグカップを片手に、静かに振り返る。
「潮目さん、MMRごっこは休憩中にお願いします」
「ごっこじゃない!これは現実だ!見ろ、この衝撃的なニュースを!」
潮目はタブレットをナギの顔の前に突きつけた。その剣幕は本物らしい。
地球が割れる日
「この記事によれば、太平洋の海底がまさに今、引き裂かれつつあるらしいんだ!」
「ふむ……また随分とセンセーショナルな見出しですね」
ナギは冷静にタブレットの画面に目を通す。
Scientists have, for the first time, clearly captured a subduction zone in the act of breaking apart. These zones form where one tectonic plate sinks beneath another, and they are responsible for some of the most powerful geological events on Earth.
(科学者たちは初めて、沈み込み帯が分裂する様子を明確に捉えた。これらの地帯は、ある構造プレートが別のプレートの下に沈み込む場所に形成され、地球上で最も強力な地質学的イベントのいくつかを担っている。)
出典: Earth is splitting open beneath the Pacific Northwest, scientists say : Columbia Climate School (配信元: ScienceDaily)
「見ただろ! 地球がスプリッティング・オープンだ! もうおしまいだー!」
「潮目さん、落ち着いてください。二次情報で騒ぐのはあなたの悪い癖ですよ」
ナギはそう言うと、自身の端末を操作して別のデータを表示させた。
「元になった論文はこちらです。ちゃんと一次情報を確認しましょう」
We propose a 4D model where transform boundaries drive laterally diachronous slab fragmentation and subduction termination.
(我々は、トランスフォーム断層境界が、側面方向に時間差を伴うスラブの断片化と沈み込みの終焉を駆動する4Dモデルを提案する。)
出典: Slab tearing and segmented subduction termination driven by transform tectonics : Science Advances (配信元: Science.org)
「え……? スラブの断片化? 沈み込みの終焉?」
「ええ。要するに、一枚岩だと思われていた海底のプレートに、裂け目が入ってバラバラになり始めている、という観測結果です」
大地の断末魔か、新たな胎動か
「地球がバラバラに……。やっぱり滅亡じゃないか! まるで巨大な亀が甲羅を割って、中から未知の生命体が……!」
「出ません」
ナギは潮目のSF的な妄想を即座に切り捨てた。
「これは数百万年単位で進む、非常にゆっくりとした地殻変動の話です。私たちが生きている間に地球がパックリ割れることはありませんよ」
「そ、そうなのか……。でも、すごいことには変わりないよね!?」
「ええ。プレートが引き裂かれる瞬間のメカニズムを4Dモデルで捉えたのは画期的です。大地の断末魔の叫びを、私たちは初めて聴いたのかもしれません」
ナギの言葉に、潮目は再び目を輝かせた。
「大地の断末魔……! いやはや、凄まじい響きだ! もしこのプレートが引き裂かれる時の微細な振動やエネルギー放出を精密に観測できたら……?」
「……ラボトロニカの新型地震予知センサーに応用できるかもしれませんね」
「そうなんだよナギ君! 大地の悲鳴を捉える超高感度センサー! まさにデータと風景のあいだじゃないか!」
二人の妄想は、地球の滅亡から新しい観測技術の開発へと一気に飛躍した。
地球より先に滅びるもの
「よーし、俄然やる気が出てきた! まずはこの論文を徹底的に読み解いて、新しい観測計画を……!」
潮目が興奮のあまり、ドン!と勢いよく自分の机に手をついた、その瞬間だった。
ガシャーン!!
彼の机の上に山と積まれていた書類や資料が、見事な雪崩を起こして床に散乱した。
静まり返るラボ。
「……」
「……潮目さん」
ナギが冷え切った声で、ゆっくりと口を開く。
「地球の心配をする前に、まずはご自身のデスクの滅亡を心配した方がよろしいかと思いますが」
「あ……あはは……」
潮目が乾いた笑いを浮かべたその時、彼のPCに一通のメールが届いた。差出人は、ラボトロニカの最高責任者、白波所長からだった。
『ナギの言うとおりね。慌てるな潮目、足元のデータから目を逸らさないこと。観測眼をもっと鍛えなさい』
短いけれど、恐ろしく重いメッセージ。
潮目はゆっくりと顔を覆った。地球より先に、自分の仕事と尊厳が滅亡の危機に瀕していることを、彼は痛感したのだった。