UNKN_LEVEL: ★☆☆:日常

連発する不起訴。払われないコスト。

連発する不起訴。払われないコスト。
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静かな夜の不協和音

深夜のラボは、サーバーの低い唸りと、時折響くキーボードの打鍵音だけが満たしていた。

その静寂を破ったのは、潮目研究員の深く、押し殺したようなため息だった。モニターに映し出されるニュースサイトの見出しを、彼は苦々しい表情で見つめている。

「…またか」

彼の視線の先には、外国人が関与したとされる事件が、またしても不起訴処分で終わったという記事が映し出されていた。連日続く同様の報道に、やり場のない怒りよりも、じわりと肌を這うような恐怖が勝り始めていた。

「潮目さん、コーヒーが入りましたよ」

背後から、助手のナギがマグカップを差し出す。その声には感情の起伏がない。

「ありがとう、ナギ君…」

潮目はそれを受け取ると、冷めた声で呟いた。

「ねえ、ナギ君。僕たちはこの国に税金を納めている。それは、僕たちの安全を守ってくれるはずの行政を信頼しているからですよね」

「基本的には、そういう契約です」

「なのに、その行政が、僕たちに牙をむいているように感じるのは、なぜなんでしょう。頼るべきものが、一番頼りにならない。これほど怖いことはないですよ」

潮目の言葉には、いつものような研究者としての好奇心ではなく、一人の市民としての切実な不安が滲んでいた。


そこにあるはずの解答

「そもそも、犯罪者を野放しにすること自体が非効率的すぎるんですよ!再犯のリスクを考えれば、釈放後も徹底的に監視すべきなんです!」

苛立ちを隠さずに潮目が言うと、ナギは静かに手元の端末を操作した。

「その『監視』の有効性については、興味深い観測データがあります」

ナギがラボのメインスクリーンに、一枚の論文を映し出す。

Supervision also causes a 5.5% reduction in re-offending three years after release. This effect persistence, which is even stronger for first-time prisoners, suggests that post-release supervision is a cost-efficient way to induces genuine behavioural change.
(監視はまた、釈放から3年後の再犯を5.5%減少させる。この効果の持続性(初犯の受刑者ではさらに顕著)は、釈放後の監視が真の行動変容を促すための費用対効果の高い方法であることを示唆している。)
出典: Post-Release Supervision and Re-offending : Strathclyde Discussion Papers in Economics (University of Strathclyde)

「ほう…!やはり監視は再犯率を低下させるんですね!しかも5.5%は決して小さな数字じゃない」

「ええ。そして、これは単なる精神論ではありません。コスト面でも明確なメリットが示されています」

ナギは続けて、関連するニュース記事のデータを表示した。

Every additional pound spent on supervision avoids more than £2 in crime-related costs, including policing, court time, and victimization.
出典: License conditions reduce reoffending among prisoners, study finds : University of Strathclyde (Phys.org)

「監視に1ポンド費やすごとに、犯罪関連コストを2ポンド以上削減できる…つまり、費用対効果は2倍以上!これはもう、やらない理由がないじゃないですか!」

潮目は思わず立ち上がり、スクリーンに食い入るようにデータを見つめた。

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

正しさの使い道

「いやはや、素晴らしいデータです!監視は人の行動を変え、社会全体のコストも削減する。完璧じゃないですか!」

興奮気味に潮目がまくし立てる。

「この監視システム、もっとラボトロニカの技術で進化させられませんかね?例えば、監視対象者のバイタルデータと行動ログをAIで常時解析して、再犯の兆候を事前に予測する『リ犯サー・システム』とか!」

「対象者のプライバシーを完全に無視した、ディストピア的な発想ですね。しかしそういう発想になるのも無理ないですが」

ナギはため息をつきながら、潮目の熱を冷ますように言った。

「論文が示しているのは、あくまで人間による適切な監督や、社会復帰を促すためのルール設定が行動変容を促す、という泥臭い現実です。SF的な監視装置の話ではありません」

「うーん、夢がないなあ。でも、この費用対効果は本物ですよね。例えば、僕たちの観測ドローンにAIを組み込んで、物理的な監視コストを劇的に下げることはできるかもしれない。対象者の行動範囲や接触人物のデータを解析して、異常なパターンを検知したらケースワーカーなり傭兵なりにアラートを送る、とか」

「傭兵というのはさておき、それなら現実的ですね。行動経済学のナッジ理論を応用すれば、より少ない介入で大きな行動変容を促せる可能性もあります。ラボの技術なら、その最適化モデルを構築できるでしょう」

二人の会話は、いつものように技術開発の妄想へとシフトしていく。そこには、社会をより良くするための純粋な探求心があった。


誰のための街の灯り

しかし、と潮目はふと我に返った。

一通りの技術的な議論を終えた後、彼は再び静かになり、ラボの大きな窓から見える夜景に目を向けた。無数にまたたく街の灯りは、まるで巨大な電子回路のようだ。

「…でも、ナギ君」

潮目は、ガラスに映る自分の顔を見ながら、静かに問いかけた。

「これだけ合理的で、費用対効果も証明されている『正しいこと』が、どうして現実の社会では実行されないんでしょうね」

彼の問いに、ナギは答えなかった。

「有効な再犯防止策があるのに、目の前では次々と不起訴が生まれていく。データが示す『正解』と、社会の『現実』が、なぜこんなにも乖離しているんでしょうか」

ナギはただ、潮目の隣に立ち、同じように夜の街を見つめる。

「…それは、私たちが観測すべき、最も複雑なデータセットなのかもしれませんね。いわゆる『思想』という、合理性を無視したがる闇があります」

静寂が再びラボを支配する。煌々と輝く街の灯りは、そこに住む人々を守るためのものなのか。それとも、見えないところで支払われているコストを、ただ明るく照らし出しているだけなのか。

その答えは、まだ誰にも分からなかった。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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