【抗核エネルギーバクテリア!?】有毒ウランを無害化する細菌と、人類が手にする環境修復の未来

そして怪獣はラボに現れる
バタン!と、半ば蹴破るような勢いでラボのドアが開き、一人の研究員が駆け込んできた。
「大変だナギ君!」
息を切らした潮目の手には、震えるタブレット端末が握られている。
「またケーブル踏んでますよ、潮目さん。それで、今度は何です」
冷静にコーヒーを淹れていたナギが、ため息混じりに振り返る。
「抗核エネルギーバクテリアみたいなのが、どうやら実在するっぽい!」
「……何のことですかそれ」
ナギの眉がぴくりと動いた。
「不勉強だねえナギ君、ゴジラだよ」
「は?」
「正確に言うと、ゴジラvsビオランテだ」
「ええと、ああ、なるほど」
ようやく合点がいったナギが、こめかみを押さえる。あの映画に登場した、核物質を食べる架空の微生物のことか、と。
その時、二人の背後でカツン、と硬質なヒールの音が響いた。
「ラボで騒がないでちょうだい。廊下まで聞こえていたわよ、あなたたちの怪獣談義」
空気が凍る。そこに立っていたのは、ラボの最高責任者、白波所長その人だった。
「しょ、所長!?」
「ボス…」
「私はゴジラについてはそれほど詳しくないのだけれど」
白波所長は優雅に歩み寄り、潮目のタブレットを覗き込んだ。
「あなたたちが騒いでいる元ネタは、これかしら?」
観測された「ゴジラの細胞」
所長の指先がモニターに触れると、一つのニュース記事が映し出された。
「そうです! これです! バクテリアがウランを安定な形にするって…!」
潮目が興奮気味に指さす。しかし、ナギは冷静に別のウィンドウを開いた。
「ボス、潮目さん。元になっている論文はこちらです」
By demonstrating the stability of immobilised U(V) alongside U(IV), this work advances the understanding of uranium biogeochemistry and offers new insights for sustainable remediation strategies.
(固定化された5価ウランが4価ウランと並行して安定であることを実証することで、本研究はウランの生物地球化学の理解を前進させ、持続可能な修復戦略に新たな洞察を提供する。)
出典: Pentavalent and tetravalent uranium formation via glycerol-stimulated bacteria in mine water : Nature Communications (nature.com)
「ふむ…なるほど」
「そして、こちらが潮目さんが見ていたニュース記事ですね」
Scientists discovered that bacteria can turn dissolved uranium into a surprisingly stable form, revealing a potentially powerful new tool for cleaning contaminated water.
(科学者たちは、バクテリアが溶存ウランを驚くほど安定した形に変えることを発見し、汚染水を浄化するための潜在的に強力な新しいツールを明らかにした。)
出典: Scientists discover bacteria that lock toxic uranium into a stable form : Helmholtz-Zentrum Dresden-Rossendorf (ScienceDaily)
映画と泥と、バクテリアの仕事
「潮目、あなたの解釈は浅いわね」
白波所長が、冷ややかに、しかしどこか楽しむように言った。
「えっ」
「映画の抗核エネルギーバクテリアは、核物質をエネルギー源として『分解・捕食』する攻撃的な存在だったはず。でも、この論文のバクテリアは違う」
「違う、ですか?」
「ええ。彼らの仕事は、水に溶けて拡散しやすい危険なウランを、水に溶けにくい安定した鉱物の形に変えて、その場に『固定化・無害化』すること。食べるのではなく、封じ込めるのよ」
所長の的確な解説に、潮目は息を呑む。
「なるほど…。でも、すごいことですよね! これがあれば、汚染水の問題を解決できるかもしれない!」
「その通りです」
ナギが補足する。
「特にこれまで不安定で扱いにくいとされてきた『5価ウラン』の状態で安定化できる、という点が画期的なようです」
「うおお、燃えてきた! このバクテリアの能力をラボトロニカの観測ドローンに組み込んで、汚染された川や土壌を自動で浄化する『お掃除ドローン』を開発するのはどうでしょう!」
潮目が子供のようにはしゃぐ。
「その発想は悪くないですが、まずは培養コストと、実際の泥だらけの現場で彼らが期待通りに働いてくれるかの実証実験が必要です。データは美しいですが、フィールドは常に泥臭いので」
「そりゃそうか」
ナギの現実的なツッコミに、潮目は「うぐぐ」と唸った。
薬は注射より
「理想と現実。そのギャップを埋めるのが、私たちの仕事でしょう?」
白波所長は、静かにそう言った。
「面白いテーマだったわ。このバクテリアに関するフィールド調査、検討してあげてもいいわよ」
「本当ですか! やったー!」
歓喜する潮目に背を向け、白波所長はラボの出口へと歩き出す。だが、ドアの前でふと足を止め、艶やかに振り返った。
「でも、忘れないでちょうだい」
「……?」
潮目とナギがきょとんとする中、所長は妖艶な微笑みを浮かべて、こう告げた。
「薬は注射より飲むのに限るわね」
その言葉を残し、所長はヒールを鳴らして去っていった。
ラボには静寂が訪れる。
「……えっ」
「……えっ」
潮目とナギは、顔を見合わせた。
「な、ナギ君。今のセリフって…」
「……『ゴジラvsビオランテ』で、ゴジラに一発打ち込んだ権藤一佐の最後のセリフです」
「所長って、じつは隠れオタクでは?」
「なら、次はスーパーX2の、ファイヤーミラーの素材と構造について話を振ってみますか?」
「僕としては、あの機体のリモートコントロール方法が気になります。バルカンがラピッドトリガーじゃなくて連打してたのとか、とくに」
「ああ、それは確かに」
二人は、去っていった絶対的な上司の、意外すぎる一面をきっかけに、ふたたび盛り上がるのだった。
ゴジラVSビオランテ、いいよね。
