リュウグウ、生命の揺りかごか?
宇宙からのメッセージ
「うわっ!またケーブル踏んだ!」
潮目の悲鳴にナギは作業の手を止めない。
静かに、しかし確実に、ラボの機器が整備されていく。
「潮目さん、足元くらい見てください。コーヒーこぼさないでくださいね」
「だって、このデータがすごすぎて、つい…!」
潮目が指差すモニターには、複雑な分子構造の図が映し出されている。
「素晴らしい。まさに生命の源泉に触れたような…」
潮目の目はキラキラと輝き、早口になっている。
生命の設計図、宇宙に散らばる
「ボス、このニュース、ご覧になりましたか?」
ナギが静かに切り出す。
潮目は興奮冷めやらぬ様子でモニターに釘付けだ。
「まだ、これから見るところよ」
背後から聞こえた冷たくも美しい声に、潮目はビクリと肩を震わせた。
「え、あ、所長! 来ていたのですか!?」
白波はそのまま潮目の肩越しにモニターを覗き込んだ。
小惑星リュウグウ(Ryugu)から回収された試料から、地球のDNAやRNAに見られる全種類の核酸塩基:アデニン、グアニン、シトシン、チミン、およびウラシルが検出されたことを報告する論文が、Nature Astronomy にオープンアクセスで掲載される。この発見は、太陽系初期の化学的環境に関する新たな知見を提供する。
出典[リュウグウ、生命の源泉か?](http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/15493)
「まさか…リュウグウから、生命の材料が!?」
潮目の顔が輝きを増す。
「ええ。そして、それだけじゃないようね」
白波所長は、モニターに映し出された別のデータを指し示した。
古賀 俊貴ら(海洋研究開発機構)は、「はやぶさ2」が採取したリュウグウの試料2点を分析し、両試料から5種類の標準的な核酸塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン、およびウラシル)をすべて検出した。その結果をマーチソン(Murchison)およびオルゲイユ(Orgueil)の隕石、ならびに小惑星ベンヌから回収された試料の分析結果と比較した。その結果、核酸塩基の相対的な存在量に顕著な差異が確認された。具体的には、リュウグウはプリン塩基(アデニンとグアニン)およびピリミジン塩基(シトシン、チミン、ウラシル)がほぼ同量含まれるのに対し、マーチソン隕石はプリン塩基が多く、ベンヌとオルゲイユの試料はピリミジン塩基が豊富である。
出典[リュウグウ、生命の源泉か?](http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/15493)
「リュウグウと、他の隕石で、その…バランスが違う…」
「そのようね。これは、それぞれの親天体が持つ化学的、環境的、そして進化的な歴史の違いを反映している、と」
白波所長の声は、まるで宇宙の深淵から響いてくるかのようだ。
遥かなる星屑の物語
「ということは、生命が誕生する条件って、意外と普遍的なのかも…」
潮目が呟く。
「ええ。この発見は、炭素質小惑星が初期地球の化学的構成に寄与した可能性を示唆しているわ」
白波所長は、潮目の肩にそっと手を置いた。
ぞくり。
「つまり我々がここにいるのは、宇宙のどこかでこうした生命の種が偶然ではなく、必然のように蒔かれたから…?」
ナギが、珍しく感情を込めて言った。
「そうね。この広大な宇宙で生命の可能性が、ひっそりと、しかし確実に脈打っている。それを観測するのも私たちの仕事よ」
白波所長は薄く微笑んだ。
その微笑みはあまりにも美しく、そしてどこか儚い。
星降る夜、誓いを胸に
「いやはや、なんというロマンでしょう!すぐにでも、リュウグウのサンプルの追加観測がしたくなってきました!」
潮目が立ち上がろうとするのを、ナギがすっと腕で制した。
「潮目さん、まだ朝にもなっていませんよ。それに機材メンテも終わっていません」
ナギの言葉に潮目はハッとした。
「そもそも所長がいらっしゃるんですよ?」
「ふふ。潮目、頼もしいけれど、順序も大事よ?」
「は、はいっ! で、でも今日の発見はすごい! 宇宙のどこかに僕たちみたいな存在がいるのかも…」
潮目は、まだ興奮気味に、窓の外の星空を見上げた。
「そうね」
ラボには、静かな決意が満ちていた。