UNKN_LEVEL: ★★★:完全な未知

さよならレアメタル、未来のバッテリーは「タンスの匂い」がするらしい

さよならレアメタル、未来のバッテリーは「タンスの匂い」がするらしい
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汗と涙のバッテリー運搬

「う、うおお……っ!」

ラボの1階から3階へ。潮目の額には、玉のような汗が浮かんでいた。その両腕には、フィールド観測用のポータブル蓄電池が抱えられている。

「はぁ…はぁ……。リチウムイオンバッテリーになって、鉛電池の時代よりだいぶマシになったけど……!それでも、やっぱり重いものは重いですよね……!」

長い階段の途中で、息も絶え絶えに蓄電池を床に置く。ぜいぜいと肩で息をする潮目を、ナギが涼しい顔で見下ろしていた。

「潮目さん。その体力では、次の山岳調査が思いやられますね」

「いやだってナギ君!この重さ、もっとなんとかならないかなって!軽くて、パワフルで、ついでに環境にも優しい、そんな夢みたいなバッテリーが……!」


そこら中に眠る、未来のエネルギー源

ナギはすっと自分のタブレットを差し出した。

「夢、というわけでもないかもしれませんよ。ちょうど、そんな話に近いデータがあります」

「えっ!?」

潮目は汗を拭うのも忘れ、画面に食いついた。

Polycyclic aromatic hydrocarbons (PAHs) have become a promising choice for the development of metal-ion batteries in the future, thanks to their exceptional redox properties, versatile molecular structures, and affordability.
(多環芳香族炭化水素(PAH)は、その卓越した酸化還元特性、多様な分子構造、そして価格の手頃さから、将来の金属イオン電池開発において有望な選択肢となっている。)
出典: Polycyclic aromatic hydrocarbons for next-generation metal-ion batteries : Progress in Materials Science (ScienceDirect)

「多環芳香族……炭化水素!?」

潮目の目に、キラリと光が宿る。

「なんだか必殺技みたいな名前でカッコいい!これが、僕らを重労働から解放してくれる救世主なんですね!」

「はい。そして、救世主である理由は重さだけではありません」

ナギは、さらに別のデータを表示させた。

Replacing rare and expensive metals with readily available organic compounds such as naphthalene or anthracene would reduce dependence on imported raw materials and lower the carbon footprint of production.
(希少で高価な金属を、ナフタレンやアントラセンのような容易に入手可能な有機化合物に置き換えることで、輸入原材料への依存を減らし、生産時の二酸化炭素排出量を削減することができる。)
出典: Polycyclic aromatic hydrocarbons to power next-generation batteries without rare metals and harmful emissions : Skoltech (Phys.org)

「レアメタルが要らなくなる……?これ、ヤバくないですか?」

「ええ。コバルトやリチウムといった資源の争奪戦や、環境負荷の高い採掘から解放される可能性を示唆しています」

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

宇宙のロマンと、タンスの現実

「PAHって、確か宇宙空間に漂っている物質でもありますよね!?」

潮目は、すっかり息を吹き返して立ち上がった。

「つまりこれって、宇宙に満ちるエネルギーを直接バッテリーに封じ込める技術なんだ!星屑の力でドローンを飛ばすんですよ!いやはや、ロマンの塊です!」

「……潮目さん、話が飛躍しすぎて銀河系の彼方まで行ってますよ」

ナギは、やれやれと首を振った。

「宇宙塵の話と、電池の電極材料の話を混同しないでください。PAHはもっと身近な有機化合物です。例えば、データBにもあったナフタレンは、防虫剤の主成分ですよ」

「ぼ、防虫剤……?」

「ええ。ざっくり言えば、潮目さんの言う『星屑の力』の正体は、タンスの匂いです」

宇宙的ロマンから一気に生活感あふれる現実に引き戻され、潮目はがっくりと肩を落とした。

「タンスの匂い……」

「はい。でも、がっかりするのは早いですよ」

ナギは言葉を続ける。

「タンスの匂いが、つまり有機物が電気を蓄えられるのなら、応用範囲は無限大です。もしこの技術が確立されれば、理論上は様々な有機物からバッテリーが作れるようになるかもしれません」

「それだ!それですよナギ君!」

潮目の目が、再び輝きを取り戻す。

「ラボの周りの落ち葉や、不要になった書類からバッテリーが作れたらどうです!?まさに地産地消のエネルギー!フィールドワークで出たゴミで、その場で観測機器を充電できるんですよ!」

「さすがに落ち葉から直接は無理でしょうけど」

ナギは少し呆れつつも、潮目の妄想に付き合う。

「紙のように薄くて柔軟な有機物バッテリーが開発できたら、面白いことになりそうです。例えば、このドローンの翼にバッテリーそのものをプリントしたり」

「鳥の羽に貼り付けて、生態を追跡する超軽量のバイオロガーとか!僕が汗だくでバッテリーを運ぶ必要もなくなるんだ!」

「ええ。潮目さんが階段の途中で遭難しかけることも、私がそれを冷ややかに見守ることも、なくなるでしょうね」

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

やさしい午後のブランケット

その日の午後。

あれだけ白熱した議論を交わした潮目は、自分のデスクでコーヒーカップを片手に、こくりこくりと舟を漕いでいた。バッテリー運搬と、その後の議論で完全に燃え尽きたらしい。

静かなラボに響くのは、サーバーのファンと、潮目の穏やかな寝息だけ。

ナギは無言で立ち上がると、備品庫から一枚のブランケットを持ってきた。そして、眠っている潮目の肩に、そっとそれをかけた。

「……まあ、その重たいバッテリーを必死で運ぶ潮目さんを見るのも、悪くはないですけど」

小さな、誰にも聞こえない声だった。

ナギは自分の席に戻ると、再び静かに自身のメンテナンス作業を開始した。窓から差し込む西日が、二人のいる風景を優しく照らしていた。

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