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その炭酸水、気休めですか? 痩せたい研究員と冷静な助手の仮説検証

その炭酸水、気休めですか? 痩せたい研究員と冷静な助手の仮説検証
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風が吹けば、研究員がラボに来る

ビュー、と窓の外で風が唸りを上げている。
休日だというのに、ラボには珍しく潮目の姿があった。

「はぁ……」

手にはペットボトルの炭酸水。やけに深刻な顔で、一口、また一口と呷っている。

「潮目さん。今日はフィールドワークの予定は無かったはずですが」

背後からナギが静かに声をかけた。マグカップを片手に、呆れたような、心配するような、絶妙な表情を浮かべている。

「ナギ君か……。いや、今日は趣味の釣りに行こうと思ってたんだけど、この強風じゃあね。堤防から海にダイブする未来しか見えなくて」

「それは賢明な判断です。それで、なぜそんなに思い詰めた顔で炭酸水を?」

「ん? ああ、これ? いや、最近ちょっと……ね。太るのが怖くてさ」

潮目の言葉に、ナギは心底不思議そうに首を傾げた。

「肥満、ですか。潮目さんはどちらかというと、ケーブルによく躓くこと以外は、肥満と最も無縁そうな体型に見えますが」

「昔は違ったんだよ! 実は僕、中学生の頃まで結構ぽっちゃりしててさ。その頃のトラウマが……。だから今も、気休めかもしれないけど、炭酸水を飲んでるんだよね。食欲が抑えられるとか、代謝が上がるとか言うじゃない?」

「なるほど。過去の自分からの逃避行というわけですか。その『炭酸水が代謝を上げる』という説、ちょうど関連するデータがありますよ」


グルコースを巡る微炭酸な真実

ナギはそう言うと、手元のタブレットを操作し、一つの論文を潮目の前に表示した。

「ほら、これです。炭酸水と体重減少に関する論文が」

CO2 in carbonated water may promote weight loss by enhancing glucose uptake and metabolism in red blood cells. However, the amount is so small that it is difficult to expect weight loss effects solely from the CO2 in carbonated water.
(炭酸水中のCO2は、赤血球におけるグルコースの取り込みと代謝を促進することで、体重減少を促す可能性がある。しかし、その量は非常に少ないため、炭酸水中のCO2のみで減量効果を期待することは困難である。)
出典: Can carbonated water support weight loss? : BMJ Nutrition, Prevention & Health

「おおっ! やっぱり! 『体重減少を促す可能性がある』って書いてあるじゃないか! 僕の習慣は正しかったんだ!」

潮目は歓声を上げたが、ナギは冷静に別のデータを指し示した。

「潮目さん、最後まで読んでください。それに、こちらの二次情報もセットでどうぞ」

While there is a hypothetical link between carbonated water and glucose metabolism this has yet to be tested in well designed human intervention studies. ""And although this study adds to the evidence base, it doesn't provide sufficient evidence on which to make recommendations for the preventive or therapeutic use of carbonated water.
(炭酸水とグルコース代謝の間に仮説上の関連性がある一方で、これはまだ適切に設計されたヒト介入研究で検証されていません。「そして、この研究はエビデンスベースに追加されるものですが、炭酸水の予防的または治療的な使用を推奨するための十分なエビデンスを提供するものではありません。)
出典: Can sparkling water boost metabolism and help with weight loss? : BMJ Group

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

その泡は、希望か、ただの気体か

「ええっと……つまり、どういうことです?」

興奮から一転、潮目がしょんぼりと肩を落とす。

「要するに、『赤血球レベルでは面白い現象が観測されたけど、それで人間まるごと痩せるなんて言えるほどの効果は無いし、そもそもまだ仮説段階ですよ』ということです」

ナギの言葉は、炭酸水の泡が弾けるように、潮目の希望を打ち砕いた。

「そ、そんなぁ……。僕のささやかな抵抗は、ただのプラセボ効果だったっていうのか……」

「気休め、とも言いますね。ですが、潮目さんが着目した点は面白い」

「え?」

「この『赤血球におけるグルコースの取り込みと代謝を促進する』というメカニズムです。もし、このCO2の効果を人工的に1000倍くらいに増幅できる装置が開発できたら……?」

ナギの言葉に、潮目の研究者としてのスイッチが入った。

「なるほど! ラボトロニカのナノマシン技術で、赤血球に直接CO2を届ける『ブラッド・カーボネーション・システム』を開発するんだ! 飲むだけで基礎代謝が爆上がりする夢のドリンクが……!」

「また壮大な妄想を。そんな怪しいガジェットを開発する予算があるなら、まずは研究室のWiFiルータを新しくしたいです。素直に運動した方が、よほど効果的で安上がりですよ」

ナギはピシャリと言い放った。


釣りはスポーツですか?

「運動、かぁ……」

潮目は腕を組み、うーん、と唸った。

「そうだ! ナギ君!」

突然、潮目が何かを閃いたように顔を上げた。

「釣りだよ、釣り! 釣りって実はすごい運動になるんじゃないかな!? ポイントまで歩くし、重いクーラーボックスも運ぶし、一日中キャスティングしてれば腕の筋肉だって……!」

目を輝かせる潮目を、ナギは冷ややかな視線で見つめる。

「待ってください。潮目さんの場合、釣り場まで車で行って、あとは座ってアタリを待つ時間がほとんどでは? 消費カロリーより、道中で買うおにぎりや釣った魚を調理する際の天ぷらの油のほうが、はるかに上回りそうですが」

「いやいや! 磯釣りやサーフフィッシングは過酷なスポーツですよ! 全身運動だ!」

「潮目さんがよく行くのは、足場の良い安全な防波堤ですよね」

「うっ……。で、でも、釣れない時間の焦りとか、釣れた時の興奮とかで、精神的なカロリー消費がものすごいはず……!」

「残念ながら、精神的カロリーは摂取カロリーには影響を与えません」

ラボに響くのは、外の風の音と、痩せるための言い訳を探す研究員の嘆き、そしてそれを的確に打ち返す助手の冷静な声だけだった。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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