土を喰らう発電所? 庭先から始まるエネルギー革命の夢と現実
バッテリー増設の壁と、地下室という選択肢
「うーん……やっぱり、ここにはもう置けないかあ」
ラボのデスクで、潮目は自宅の庭の見取り図と睨めっこしていた。ソーラーパネルからの配線図に、いくつもの赤いバツ印が書き込まれている。
「また自宅のDIYですか、潮目さん」
背後から、マグカップを置く音とともにナギの声がした。
「ナギ君! いやはや、聞いてくれるかい? うちの庭のソーラーパネルは快調なんだけど、作った電気を貯めておく蓄電池のスペースがもう限界でね。室内にもこれ以上は……」
「そうですか。では、選択肢は二つですね」
「え、本当かい!?」
潮目がぱあっと顔を輝かせる。
「はい。一つ、もっとでっかい家に引っ越す。二つ、庭に穴を掘ってバッテリールームを増設する」
「……ものすごく現実的な提案をありがとう」
「どちらも電気工事が必須ですが、潮目さんなら大丈夫でしょう。電気工事士の資格持ってましたっけ?」
「覚えててくれたのかい。でも、もっとこう、SF的な解決策はないものかなあ……」
潮目が天井を仰いでため息をついた、その時だった。彼の端末が、ピコン、と軽快な音を立てて新しいデータを表示した。
「おや……これは……!?」
土壌、それは最後のフロンティア
「ナギ君、これを見てくれ! まさに僕が求めていたSFかもしれない!」
潮目は興奮してディスプレイをナギに向けた。
「土壌微生物燃料電池……ですか。またマニアックな論文を」
「いやいや、これがすごいんだよ! まずはこの一次情報を見てくれ!」
We present nine months of deployment data gathered from four SMFC experiments exploring cell geometries, resulting in an improved SMFC that generates power across a wider soil moisture range.
(我々は、セル形状を探求する4つのSMFC実験から収集した9ヶ月間の実地データを提示し、その結果、より広い土壌水分範囲にわたって発電する改良型SMFCを実現した。)
出典: Soil-Powered Computing : Proceedings of the ACM on Interactive, Mobile, Wearable and Ubiquitous Technologies
「なるほど。土壌の水分量に左右されにくい、安定した微生物燃料電池を開発した、と。素晴らしい研究ですね」
「だろう!? これだけじゃないんだ。この技術が目指す未来が、また壮大でね!」
潮目は指をスワイプさせ、解説記事を提示する。
If we imagine a future with trillions of these devices, we cannot build every one of them out of lithium, heavy metals and toxins that are dangerous to the environment. We need to find alternatives that can provide low amounts of energy to power a decentralized network of devices.
(もし私たちが何兆個ものデバイスが存在する未来を想像するなら、その一つひとつをリチウムや重金属、環境に有害な毒物で作り出すことはできません。私たちは、分散型デバイスのネットワークに電力を供給するための低エネルギーを提供できる代替手段を見つける必要があります。)
出典: Scientists develop dirt-powered fuel cell that could replace batteries : Northwestern University
庭先サイバーパンク化計画
「つまり! 僕の家の庭の土そのものが、巨大なバッテリーになるってことじゃないか!?」
潮目はガタッと立ち上がった。
「ソーラーパネルの下の土にこれを埋めれば、昼は太陽光、夜は大地から電気を得られる! まさに自然とテクノロジーの融合! 庭が光り輝くエネルギーファームになるんだ!」
「潮目さん、落ち着いてください。はっきりと『low amounts of energy』と書かれていますよ」
ナギは冷静に画面を指差す。
「これは、あくまでIoTセンサーのような、ごく僅かな電力で動く無数のデバイス向けの技術です。ご家庭のエアコンや電子レンジを動かすほどのパワーはありません」
「ぐっ……でも、この改良型SMFCを庭一面に、それこそ兆単位で埋めれば……!」
「その前に潮目さんのお財布が空になりますし、お庭が配線だらけのサイバーパンクな泥沼になりますよ。それに、微生物の活動を最適化するために、庭の土壌環境を完全に管理する必要が出てきます。もはやガーデニングではなく、テラフォーミングの領域です」
「テラフォーミング……なんて甘美な響きなんだ……」
うっとりと目を閉じる潮目に、ナギはため息をついた。
「まあ、その妄想は置いておくとして。この技術、私たちの観測機材には応用できるかもしれませんね」
「というと?」
「森林の奥地や湿地帯に設置する定点カメラや環境センサーです。バッテリー交換の手間が省けるなら、これほど理想的な電源はありません」
「なるほど! ケーブルもソーラーパネルも要らない、土に挿すだけの観測ポッド! それは素晴らしいアイデアだ!」
二人は顔を見合わせ、まだ見ぬ未来のガジェットに思いを馳せるのだった。
大地とピクニックの約束
「いやはや、それにしても土の力はすごいなあ」
潮目はすっかり落ち着きを取り戻し、温かいコーヒーを一口すすった。
「なんだか、大地そのものが一つの生命体みたいに思えてくるよ。そう考えると、ナギ君も大地と繋がっているのかもしれないね」
「私はリチウムイオンバッテリーと最新の半導体で構成されていますが」
「ははは、そうなんだけどさ。ナギ君も大地で充電できるようになったりして」
潮目の冗談に、ナギは少しだけ間を置いてから、静かに答えた。
「……検討の価値はあるかもしれませんね」
「え?」
「そうだナギ君。今度の休み、ピクニックにでも行かないかい? 美味しいサンドイッチを持ってさ。未来のエネルギー源になるかもしれない、土の感触を確かめに行こうじゃないか」
潮目の突然の誘いに、ナギは窓の外に広がる空を見上げた。
「……たまには、そういうデータ収集も悪くないですね」
ラボに穏やかな午後が流れていく。バッテリー増設の問題は、まだ解決してはいなかったけれど。