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人類最古のサイコロは、1万2000年前の祈りか、あるいはただの遊びか

人類最古のサイコロは、1万2000年前の祈りか、あるいはただの遊びか
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静寂と、ため息の理由

ラボには珍しく、静かな時間が流れていた。

観測機器の低い駆動音と、潮目が淹れるコーヒーの香りだけが満ちている。

「潮目さん」

「ん……ああ、ナギ君。どうしたの」

手元のマグカップを見つめていた潮目が、ゆっくりと顔を上げた。その表情はどこか晴れない。

「先ほどから、大きなため息が3回観測されました。何か悩み事ですか」

「いや、そんなことは……ないよ。ちょっと考え事をね」

彼はそう言って笑うが、その目は笑っていなかった。

「そうですか。では、気分転換に面白いデータをどうぞ」

ナギはそう言って、手元のタブレットを潮目の方へ滑らせた。

「え?」


1万2000年前のサイコロ

画面に映し出された見出しに、潮目は思わず声を漏らす。

「1万2000年前の……サイコロ? これ、マジ?」

「マジです。ケンブリッジ大学出版局からです」

The results suggest that dice, games of chance, and gambling have been a persistent feature of Native American culture for the last 12,000 years, with the earliest dice appearing in Late Pleistocene Folsom deposits in Wyoming, Colorado, and New Mexico. Remarkably, these Pleistocene dice predate their earliest known Old World counterparts by millennia.
(この結果は、サイコロ、偶然性のゲーム、そして賭博が過去12,000年にわたってネイティブアメリカン文化の永続的な特徴であり、最古のサイコロはワイオミング州、コロラド州、ニューメキシコ州の後期更新世フォルサム文化の堆積物から出現したことを示唆している。驚くべきことに、これらの更新世のサイコロは、知られている中で最古の旧世界の同種のものより数千年も先行している。)
出典: Probability in the Pleistocene: Origins and Antiquity of Native American Dice, Games of Chance, and Gambling : American Antiquity (配信元: Cambridge University Press)

「うわあ……。1万2000年前って、更新世じゃないか。マンモスが闊歩していた時代に、人類はもうサイコロ振ってたのか……」

「ええ。旧世界、つまりユーラシア大陸で見つかっている最古のものより、数千年も早いそうです」

「ギャンブル……か。なんというか、人類の業の深さを感じるね……」

潮目は再び、何かを噛みしめるように呟いた。

「別データにも補足があります」

The recognition of these artifacts as dice pushes back the material evidence for human play by thousands of years, which Madden interprets as evidence of games of chance and gambling.
(これらの人工物をサイコロとして認識したことで、人類の遊びに関する物的証拠は数千年も遡ることになり、マッデン氏はこれを偶然性のゲームや賭博の証拠と解釈している。)
出典: Archaeologists find 12,000-year-old dice that reveal new history of play : Phys.org

「なるほど。『遊び』の歴史そのものを塗り替える発見ってわけだ。いやはや、これはすごいデータですよ!」

さっきまでの曇った表情が嘘のように、潮目の目にいつもの輝きが戻っていた。

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

確率に魅せられた人類

「でも、なんでだろう。なんで人類はこんな昔から『確率』に身を委ねる遊びに夢中になったんだろうね」

「生存戦略とは直接関係なさそうですからね。純粋な娯楽、あるいは儀式的な意味合いでしょうか」

「儀式! それだ! きっと古代人は、サイコロの目で神々の意思を占っていたんだよ! 明日の狩りが成功するかどうか、とかね!」

興奮して立ち上がった潮目が、熱っぽく語り始める。

「まあ、神託や占いの道具として使われた可能性は否定できません。ですが、単に退屈な夜を過ごすための暇つぶしだった可能性も十分にあります」

「夢がないなあ、ナギ君は! これは未来予測のための超古代テクノロジーだったのかもしれないじゃないか!」

「そのサイコロで未来が予測できるなら、マンモスは絶滅を回避できたかもしれませんね」

「ぐっ……。でもさ、この『確率を操る』っていう発想を、ラボの観測に応用できないかな? 例えば、予測不能な素粒子の動きを観測するのに、超小型の量子ダイスを組み込んだセンサーとか!」

「……面白そうですね。乱数生成器としては極めて優秀かもしれません。予算が通れば、ですが」

「だよね! 不確定な自然現象を捉えるには、こっちも不確定な要素で挑むんだ! まさに『データと風景のあいだ。』じゃないか!」

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

友情の清算と、壊れた機材

すっかりいつもの調子を取り戻した潮目を見て、ナギは静かに口を開いた。

「それで、潮目さん。さっきのため息の理由、そろそろ教えていただけますか」

「……ああ、うん。ナギ君には、話しとこうかな」

潮目は少し気まずそうに、ぽつりぽつりと語り始めた。

古くからの友人に「急な出費で費用が足りない」と、お金を貸してほしいと頼まれたこと。

心配になって根掘り葉掘り聞いてみたら、本当の理由はギャンブルの負けを補填するためで、奥さんにバレたくないからだ、と白状されたこと。

「嘘をついて金を借りようとするのは、友達じゃない。そう思ってね。もう付き合うのはやめようって決めたんだ」

「……感心しました。潮目さんにしては、非常にクレバーな判断です」

「はは、ひどい言い草だな。まあ、でもそう言ってくれると助かるよ」

「ちなみに、何と言って断ったんですか?」

潮目の答えは、実に彼らしからぬ、それでいて妙に筋の通ったものだった。

「『必ず返すと言うなら、サラ金から借りてこい。俺が貸すのは、その利息分だけだ』ってね。昔、芸能人が言ってたのを思い出したんだ」

「……」

ナギはしばらく黙り込み、やがて深く、静かなため息をついた。

「人間関係においては、それだけ的確で合理的な判断ができるのに」

「え?」

ナギは無言で、ラボの隅に置かれたカバーの掛かった機材を指さした。

「どうして先週、あの高感度スペクトロメーターは壊したんですか?」

「うっ……それは、その、観測に夢中になってケーブルに足を……」

「請求書、ボスに回す前に潮目さんの確認印が必要ですよ」

潮目の顔が、さっと青ざめていく。

人類最古の博打の起源に思いを馳せた研究員は、現実の請求書という名の鉄槌から逃れることはできそうになかった。

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