【奇跡】キス竿で55cmのイシダイ!?ライトタックルの限界を超えたドタバタ釣行記
磯の香りと共に、研究員、帰還す
ラボの自動ドアが、けたたましい音と共に開いた。
そこに立っていたのは、こんがりと日に焼け、全身から潮の香りを漂わせる潮目研究員その人だった。その手には、やけに大きなクーラーボックスが握られている。
「ナギ君!ただいま!いやはや、今日の観測は歴史に残るよ!」
「おかえりなさい、潮目さん。その興奮具合と潮臭さ…どうせまた、観測そっちのけで釣りでもしてたんでしょう」
呆れたようにナギが消臭スプレーを構える。
「違う!これも立派なフィールド観測さ!そして、とんでもないデータが取れたんだ!」
潮目はクーラーボックスを床に置き、誇らしげに胸を張った。
これは奇跡か、それともただの無謀か
「いいかいナギ君。今日、僕はね、55cmのイシダイを釣り上げたんだ!」
自信満々に言い放つ潮目。しかし、ナギの表情は変わらない。
「はいはい、すごいですね。潮目さんの話はいつもスケールが5割増しですから。実際は35cmのアイゴあたりでしょう」
「信じてないな?いや35cmのアイゴだってけっこうパワフルだぞ。それはそれとして、とにかくこれを見てよ!今日の生々しい観測ログさ!」
潮目はそう言って、びしょ濡れのメモ端末をナギに突きつけた。
【潮目研究員のフィールド・ログ】
「55cmのイシダイ!ボート海釣り、深さ約9mの岩場周辺で釣りました。
仕掛けは、20号負荷の1.8mキス竿、オキアミコマセ、コマセ天秤仕掛け。ハリスはビシアジ用2号ハリス2本針。
もともと黒鯛狙い、竿は昔使ってた硬めのキス竿を再利用してるだけでして、どう見てもイシダイを仕留められる仕掛けではありません。
リールのドラグ調整が絶妙に良かったのと、イシダイの走り出しにかろうじてハリスが耐えてくれたので、なんとか上げることができました。
イシダイ釣りの情報としては、ほとんど参考にならないと思います。イシダイ狙いなら、イシダイ対応の準備をしましょう。」

ログを読み終えたナギは、ピタリと動きを止めた。
「……キス竿?ハリス、2号?」
「そうなんだよ!」
「……ありえません。このタックルバランスで55cmのイシダイを?物理的にラインが持たないはずです」
「だろ!近くで見てた他のボートの人たちも、君みたいに絶句してたよ!」
潮目の言葉に、ナギは返す言葉を失ったようだった。
偶然性のデータと、再現性のない奇跡
ようやく我に返ったナギが、冷静な口調で分析を始める。
「ハリス2号の直線強度はおおよそ3.5kgから4kg前後。55cmのイシダイの瞬発的な突進力は、その数倍に達することもあります。特に根に走られたら一瞬で切られるはずですが」
「それが切れなかったんだ!リールのドラグがジィィィーって鳴り響いて!竿は満月みたいにしなって!まさに奇跡のバランスだったんだよ!」
潮目は両手を広げ、魚とのファイトを再現してみせる。
「ログにもありますが、それは奇跡というか…限りなくゼロに近い確率の幸運が重なった結果ですね。再現性は皆無です」
「それを言っちゃあおしまいだよ!でも、この『ありえないこと』が起きるのが、データだけじゃ分からない自然の面白さじゃないか!」
「まあ、その幸運のおかげで、潮目さんが海に引きずり込まれなくて良かったとは思います」
ナギは小さくため息をついた。
天啓は、常に静寂を破って訪れる
その時、ラボのメインスピーカーから、凛として冷たい声が響き渡った。
「――その幸運も、観測データとしては価値があるわね、潮目」
「しょ、所長!?」
潮目とナギの背筋が、凍りついたように伸びる。モニターに、黒髪の美女、白波所長の姿が映し出された。
「あなたの興奮する声が、こちらの部屋まで一部始終聞こえてたわ。貧弱な装備でよくあげたものね」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、運に頼った観測は二流のすることよ。その奇跡に甘えて、貴重なサンプルを取りこぼすのはラボの損失だわ」
所長の言葉に、潮目はシュンと小さくなる。
「ナギ」
「はい、ボス」
「潮目専用に、イシダイ用のタックル一式を最高スペックで発注なさい。請求は研究開発費で落とすわ」
「えっ!?」
驚く潮目をよそに、所長は静かに続けた。
「いいこと?潮目。次は60cmオーバーを釣り上げて、その遊泳速度、捕食行動、すべてをデータ化して持ち帰りなさい。これは美食…いえ、業務命令よ」
一方的にそれだけ告げると、通信は静かに切れた。
「…所長…!」
感激に打ち震える潮目。その横で、ナギがやれやれと首を振る。
「ボスはあなたに甘いですね。まあ、次こそは海に落ちないでくださいよ」
「もちろんだよ!よーし!見てろよ60cmオーバー!この潮目が必ず観測してやるからな!」
ラボに、潮目の雄叫びがこだました。