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【魚の陸上歩行は、なぜ今注目される?】|魚が歩いた日、僕らは進化の残像を見た

【魚の陸上歩行は、なぜ今注目される?】|魚が歩いた日、僕らは進化の残像を見た
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静寂を揺らす、太古の足音

焚き火の爆ぜる音だけが響く、静かな夜。

満天の星の下、僕、潮目(しおめ)は言葉を失うほど美しい自然の光景に見惚れていた。

夜通しのフィールドワーク。だが観測業務はラボのセンサーがすべてやってくれている。

潮目の役割は、装置の稼働監視。そして故障することはあまりないので、実質、キャンプである。

激務の多い潮目にとってはレジャーのようなものだった。

淹れたてのコーヒーを啜ると、水辺で魚がはねた音がする。

「おっ、ボラが跳ねたかな?」

ボチャン、ボチャンと続き、やがて静寂が戻る。

「……はぁ。最高ですねナギ君。やっぱりレジャー、じゃなくて現場はこうでなくちゃ」

背後で静かに息を殺していたナギが、すっとタブレットを差し出した。

「潮目さん。感傷に浸っている場合ではありません」

「え、まさか監視装置、故障しちゃった?」

「違います。魚に関する情報を収集してたんです」

「いかんなあナギ君、たまには画面でなくリアルな世界を注視しよう」

「野暮を承知で申し上げますが、もっと画面には毒性の強いデータが映ってますから」


水面を叩いた、進化の第一歩

「Natureじゃないか。ええと、魚が、歩く……?」

僕は思わず身を乗り出した。
ナギが指し示す画面には、UMAといわれても良さそうなタイトルの論文が映し出されている。

「ええ。まずは一次情報からどうぞ」

By capturing core mechanical features shared across morphologically diverse species, this framework advances our understanding of terrestrial walking in fishes and offers a mechanistic lens through which to examine the evolutionary origins of locomotion in early vertebrates.
(形態的に多様な種に共通する核となる機械的特徴を捉えることによって、このフレームワークは魚類の陸上歩行に関する我々の理解を前進させ、初期脊椎動物における運動の進化的起源を検証するための機械論的な視点を提供する。)
出典: The undulating tripod gait as a model of the locomotion of walking fish : Nature Communications

「すごい……!魚類の陸上歩行のメカニズムを解明したってことですよね!?これはもう、生命が海から陸へ上がった、あの歴史的瞬間を追体験できるってことじゃないですか!」

潮目の興奮をよそに、ナギは淡々と画面をスワイプする。

「こいつはあれだ、メカ生体ゾイドのウオディックみたいな? あれ、いちおう陸上歩行できるんですよ」

「そういうのは後で語りましょう潮目さん。それより、その興奮を裏付ける、より分かりやすい解説記事もあります」

この結果は、魚類における効果的な移動が、特殊な四肢を持たずとも、体の屈曲と地面との接触の単純な協調によって生じ得ることを示唆している。
出典: ロボット工学:水から上がった魚のように歩くロボット : Nature Asia

「……え?特殊な四肢を持たずとも?まさかのウオディック超え?」


データと風景のあいだで

「ウオディックが何なのかは知りませんが、その通りです。『単純な協調』。つまり、立派な足がなくても、体をウネウネさせるだけで効率的に前に進める、ということです」

ナギの冷静な言葉に、僕は少しだけ熱を冷まされる。

「単純な協調……。いや、でも、それこそが生命の神秘じゃないですか!だって、何億年も前に、最初に陸に上がった僕らの祖先も、きっとこんな風に泥にまみれて、体をウネウネさせていたんですよ!」

潮目は目の前のぬかるんだ地面を指差した。

「もしかしたら、これは古代魚の残留思念が現代の魚に乗り移って……時を超えたメッセージを僕らに送っているのかも」

「残留思念ではなく、物理法則の応用です」

ナギは潮目のオカルト説を一刀両断。

「データにある『undulating tripod gait(波状三脚歩行)』がキモですね。体を波打たせながら、常に3点で体を支えて進む。驚くほどシンプルで、かつ安定した歩行モデルです」

「なるほど……。シンプルだからこそ、形態的に多様な種に応用できるのか。いやはや、素晴らしいデータです」

潮目は唸った。そして、あるアイデアが閃く。

「待ってくださいよ、ナギ君!この『波状三脚歩行』のアルゴリズムを、うちの観測ドローンの歩行システムに組み込めたらどうなります?」

「……ほう」

ナギの目が、ほんの少しだけ輝いた気がした。

「瓦礫の山や、ぬかるんだ湿地帯だと、陸上ドローンがスタックして戻ってこれないことが大問題だったよね。でも、これを再現する機構がうまくできれば、人間が立ち入れない場所のデータを根こそぎ観測できる!」

「テスト機をたくさん作って試験しないと。業務の合間にできますか?」

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

水平線の向こう側

「ん? ナギ君、ちょっと待って」

潮目はふと、暗い水面に目を凝らした。 真っ暗な水辺の少し沖合に、ポツンと怪しく光る「赤い点」が浮かんでいる。

「……あれ、電気ウキ? まさかこんな真夜中に、こんな足場の悪い水辺で内緒で釣りしてる物好きがいるのか……?」

「物好きとは失礼ね、潮目」

暗闇の茂みから、静かに立ち上がるシルエット。 ヘッドライトの光に照らし出されたのは、黒いライフジャケット姿の、磯竿を手にした白波所長だった。

ナイトビジョンゴーグルまで装備しているが、あれは確かラボで昨日導入したばかりの備品、だったはず。

「所長!?」

「ボス……なぜこんなところに……?」

潮目とナギの驚愕をよそに、所長はクスッとかっこよく笑みを浮かべて竿を構え直した。

「誤解しないで。これはレジャーではなく、夜間における水域生態系の実地フィールドワークよ」

「絶対シーバスとか大物狙ってますよね!?」

「静かにしなさい、魚が逃げるわ。……それより、さっきのドローンの『波状三脚歩行』のアイデア、聞こえていたけれど悪くないわね」

所長はちらりと二人を見やり、少しだけ満足そうに目を細めた。

「四肢を持たないシンプルな力学モデルの応用……当ラボの掲げる『データと現場の融合』として合格点よ。……ただし、テスト機の実験で私のウキの邪魔をしたら、明日の朝食抜きよ」

「は、はいっ! 邪魔にならない対岸でやります!」

「よし、ではナギ君、さっそくドローンの設計案をまとめよう!」

「了解しました。……あ、ボス」

ナギがタブレットから目を離し、静かに水面を指差した。

「ウキが沈んでいます。持っていかれてますよ」

「!……きたっ——!?」

竿を立てる所長の、口元の勝利の笑み。普段は見られない人間味あふれるドタバタ。 満天の星空の下、焚き火の温もりと静かな波音が、ラボメンたちの夜を優しく包み込んでいた。

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