脂肪肝からの脱出劇? 既存薬コンビが拓く、"省エネ治療"の地平線
あの頃、僕らは若かった
「潮目さん、またケーブル踏んでますよ。それと、その手に持っている『超濃厚背脂ニンニクましましラーメン』のカップは、観測機材の近くに置かないでください」
ラボに響く、ナギの冷静なツッコミ。潮目は慌ててカップ麺をデスクの隅に追いやった。
「ご、ごめん!いやー、たまに無性に食べたくなるんだよね、こういうジャンクなやつがさ」
「あなたの昔の健康診断のデータ、B判定が並んでたのを私は知っています。その頃に戻りたいんですか?」
「うっ……」
ナギの指摘はいつも的確だ。だが、潮目にも言い分がある。
「実際、僕って太りやすいみたいでね。新人の頃なんて太り気味の太鼓腹になりかけでさ。健康診断で『脂肪肝気味ですね』って言われちゃって」
「潮目さんにそんな過去が」
「そう!そこから一念発起してね。間食はアタリメだけ。食事は基本、ご飯と味噌汁と焼き魚。揚げ物は週に1、2回までって決めて、3か月くらい続けたら、見事に正常範囲に戻ったんだ」
潮目は得意げに胸を張る。
「人間、最初の二週間を乗り切れば体が慣れてくるもんだよ。逆に揚げ物の油とかが気持ち悪く感じてくるんだから。不思議だよね」
データが示す、近道
「その経験談は興味深いですが、現代の科学はもっとスマートな解決策を提示し始めていますよ」
そう言って、ナギがタブレットにデータを表示した。
「ほら、ちょうど潮目さんの過去話にぴったりの観測データがあります」
Targeting different intrahepatic pathways, both PPAR-dependent and independent, the combination of pemafibrate and telmisartan, each at half the individual dose, was equally effective as the full dose of either drug alone to reduce liver lipid accumulation in the rat model.
(PPAR依存性および非依存性の両方の異なる肝内経路を標的とすることで、ペマフィブラートとテルミサルタンの併用は、それぞれを単独用量の半分ずつ用いることで、いずれかの薬剤の全量を単独で使用した場合と同等の効果をラットモデルにおける肝臓の脂質蓄積の減少において示した。)
出典: Telmisartan reverses hepatic steatosis via PCK1 upregulation: A novel PPAR-independent mechanism in experimental models of MASLD. : Pharmacological Research (配信元: ScienceDirect)
「うわ、マジか!二つの薬を半分の量で混ぜたら、それぞれを全量使った時と同じ効果ってこと!?まるで合わせ技じゃないか!」
潮目が興奮していると、ナギは淡々と別のデータを追加する。
This strategy can be faster, more cost-effective, and safer, especially for early stages of MASLD that typically do not show symptoms.
(この戦略は、特に症状を示さないMASLDの初期段階において、より速く、より費用対効果が高く、より安全である可能性がある。)
出典: Two common drugs may reverse fatty liver disease, study finds : University of Barcelona (配信元: ScienceDaily)
「より速く、安全に、ですか。僕の血と汗と涙の三か月間は一体……」
「根性論より、データに基づく最適化の方が効率的だという好例ですね」
省エネボディへの憧憬
「いやはや、それにしてもすごいデータだ。肝臓内の別々の経路を同時に叩くことで、相乗効果が生まれるわけか……」
潮目は唸りながら、新たな可能性に思いを馳せる。
「これってつまり、体内システムをハックするってことだよね?もしかしたら、これを応用すればどんな不摂生をしても健康でいられる、夢のサイボーグボディが……!」
「またSF的な方向に飛躍しましたね」
ナギが冷ややかに言う。
「これはあくまで既存薬の組み合わせによる効果の再発見。体内経路の相互作用という、地道なデータサイエンスの勝利ですよ。サイボーグではありません」
「夢がないなあ、ナギ君は!でもさ、もしこのメカニズムを応用して、特定の栄養素だけを選択的にブロックする観測用ナノマシンとか作れたらすごくない?」
「揚げ物を食べても、脂質だけを吸収せずに体外へ排出する生体フィルター、とかですか。なるほど。それなら……」
ナギが少しだけ、考えるような素振りを見せる。
「それなら、ボスも興味を示すかもしれませんね」
完璧なる肉体への祈り
「だよね!あの白波所長だって、あの完璧すぎるスタイルを維持するのは、きっと大変なはずだよ。僕らには見せないだけで、陰では涙ぐましい努力を……」
潮目がそう言いかけた瞬間、ナギが潮目の言葉を遮った。
「いいえ」
その声は、絶対零度の静けさをまとっていた。
「ボスは、あのような薬物に頼らずとも、ご自身の鋼の意志と、日々の寸分の隙もない鍛錬だけで、あの完璧なプロポーションを維持されています」
ナギの目が、いつになく真剣だ。いや、少し据わっている気もする。
「ボスは、まるで神々が精緻な計算の末に彫り上げた大理石像のような……。黄金比で構成された、奇跡の肉体をお持ちなのです。むしろ、ボスが一度トレーニングをされれば、世界の物理法則の方がボスの肉体に最適化されていくのでは……」
早口で語られる、常軌を逸した所長賛美。
潮目はそっと、手元のカップ麺をゴミ箱に捨てた。
なんだか急に、背脂が怖くなってきた。