UNKN_LEVEL: ★☆☆:日常

デジタルな胃袋は、誰が満たすのか?

デジタルな胃袋は、誰が満たすのか?
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静かなラボと、ため息の理由

ラボの片隅で、ナギがタブレットを眺めながら深いため息をついていた。

そのディスプレイに映るのは、未来の食料需給に関するレポートだ。

「2025年のコメ不足の話…。そもそも農家の高齢化も、もう限界に近い」

そこに、マグカップを両手に持った潮目がやってくる。片方のマグカップからは、怪しい湯気が立ち上っていた。

「ナギ君、お疲れ様です! 所長には内緒の、僕特製たんぽぽコーヒーですよ!」

「…ありがとうございます。ですが潮目さん、この国の食料自給率とか、未来のこと、考えたことありますか」

「うーん、考えなくもないですけど…それより! もっと直接的で、今そこにある危機についてのデータを見つけたんですよ!」

「危機、ですか」

「ええ! 食料供給の安全保障って、作る量だけの話じゃなかったんです!」


「見えない」食料の行方

潮目は興奮気味にナギを大きなモニターの前へといざなう。

「いいですか、ナギ君。僕たちの食料は、もはや物理的に存在するだけでは『存在する』ことにならないのかもしれない…そんな論文です」

ナギが訝しげに画面を覗き込むと、そこには衝撃的な一文が映し出されていた。

If a digital system cannot confirm a shipment, the food cannot be released, insured, sold, or legally distributed. In practical terms, food that cannot be “seen” digitally becomes unusable.
(デジタルシステムが出荷を確認できなければ、その食品は解放、保険適用、販売、合法的な流通ができなくなります。実際問題として、デジタル上で『見えない』食品は利用不可能になるのです。)
出典: Replacing humans with machines is leaving truckloads of food stranded and unusable

「デジタル上で『見えない』だけで、食べ物がゴミになるなんて…まるでSFの世界じゃないですか?」

「…確かに、これは興味深い視点ですね。関連データもあります。おそらくこちらが本質でしょう」

ナギが手元のタブレットを操作すると、モニターに別のテキストが重ねて表示された。

Food security is usually discussed in terms of supply. But there is another factor that matters just as much. Authorization.
(食料安全保障は通常、供給量の観点から議論されます。しかし、それと同じくらい重要な要素がもう一つあります。それは『承認』です。)
出典: Truckloads of food are being wasted because computers won’t approve them : ScienceDaily

「システム障害から72時間で手動介入が必要になるそうですが、そのための紙の手順書や訓練は、効率化の名の下に廃止されつつある、と」

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

人類を飢えさせるのは、AIか人間か

「な、なんですって! これは物流システムを支配する巨大AIの反乱ですよ! ターミネーターの世界です! スカイネットがまず食料供給を止めて人類を…!」

「飛躍しすぎです。ただのシステム障害や、ヒューマンエラーの話ですよ」

「でも結果は同じじゃないですか! 目の前にトラックいっぱいの食料があるのに、誰も手を出せないなんて!」

「効率化、自動化の裏側にある脆さ、ですね。すべてを機械に任せるということは、人間のスキルや知恵が失伝していくリスクも孕んでいます」

「ううむ…そうだ! もし、この『承認システム』をハッキングできる観測ドローンを作れたらどうでしょう? ラボトロニカの技術で、立ち往生したトラックの食料を緊急承認して、困ってる人たちに届けるんです!」

「それはただの高度な窃盗です。両手に手錠がかけられることになるでしょう」

「そんなあ…」

「ですが…災害時などに限定した、緊急承認プロトコルを搭載した救援ドローンなら、あるいは…」

「それだ! それですよナギ君! さすがです!」


満たされない胃袋の記憶

ひとしきり盛り上がった後、ナギは静かに最初の話題へと戻った。

「…でも、そんな高度なシステムがあっても、最初のコメ不足の話に戻ると、根本的な解決にはなりませんね」

ナギは再び、憂鬱な顔で手元のレポートに目を落とす。ラボに、少し気まずい沈黙が流れた。

「…うーん。そういえば僕、子供の頃、家の裏でよくノビルとかキイチゴとか採って食べてたんですよね」

「…野草、ですか」

「ええ。あれはあれで美味しかった。でも、今になってしみじみと思うんです」

潮目は遠い目をして、窓の外を見つめた。

「ああいうのって一人で必死に集めたところで、全然お腹いっぱいにはならなかったんだよなあって」

「……」

ナギは潮目の横顔をじっと見つめ、そして、ふっと口元を緩めた。

「潮目さん。たまには、すごく的を射たことを言いますね」

「私たちのこの満たされた生活は、誰かが育て、誰かが運び、そして誰かが『承認』してくれた、無数のバトンリレーの上にある。そのリレーが一つでも途切れたら…」

静まり返ったラボで、二人は当たり前だと思っていた日常の、その危ういバランスに思いを馳せるのだった。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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