あなたの「肥満」判定は間違い? BMIが告げる身体の真実
健康診断のざわめき
ラボには、年に一度の健康診断を終えたあとの、どこか気だるい空気が漂っていた。
潮目「健康診断ってどうしてこう、魂を削られるんでしょうかね」
ナギ「採血で騒いでいたのは潮目さんだけでしたよ。子供みたいに」
潮目「うっ…あれは不可抗力です! それより、白波所長ですよ! 相変わらずスタイルが完璧すぎて、もはや測定不能のオーラを放ってましたよね」
ナギ「確かに。ボスの身体測定データは、美しすぎて正視できないほどと聞きます。人間というより、精密機械のスペックシートに近いですね」
潮目「ですよね! あの美しさは、もはや自然の摂理を超えてますよ。もしかしたら僕たちとは違う進化の系統樹に……」
その時だった。
カツン、と硬質なヒールの音が、二人の背後で響いた。
白波所長「――私の身体に、何か興味があるのかしら?」
潮目「ひっ!」
ナギ「ボス……!」
いつの間に現れたのか。白波所長が氷のように冷たい視線で二人を見下ろしていた。ふわりと、高級な香水の匂いが潮目の鼻腔をかすめる。
白波所長「あなたたちの下世話な雑談より、ずっと知的なデータがあるわ。これを見なさい」
指標という名の幻想
所長が指先一つで操作すると、ラボのメインモニターに一つの論文が映し出された。
白波所長「世の中の『健康』という指標がいかに曖昧で、危ういものか。その現実を教えてあげる」
潮目「こ、これは……?」
Despite the fact that the BMI seems to be reliable in determining body weight status in the normal weight range, over a third of the general population was misclassified, as the current BMI classification appears to inflate the prevalence of underweight, overweight, and obesity among the general population.
(BMIは正常体重範囲における体重状態の判定には信頼できるようであるが、現在のBMI分類は一般集団における低体重、過体重、肥満の有病率を過大評価しているように見受けられ、一般集団の3分の1以上が誤分類されていた。)
出典: The WHO BMI System Misclassifies Weight Status in Adults from the General Population in North Italy: A DXA-Based Assessment Study (18–98 Years)
潮目「ええっ!? BMIって、あの身長と体重で計算するやつですよね? あれが一般の人の3分の1以上も間違ってるってことですか!?」
ナギ「衝撃的な数字ですね。潮目さん、さらにこちらも」
ナギが手元の端末を操作し、関連するニュース記事をモニターに並べて表示する。
Another key finding of our study is that, even though both systems identify a similar overall prevalence of overweight and obesity, we are talking in some cases about different people -- or in other words the individuals identified by DXA are not all the same as those from BMI classification.
(我々の研究のもう一つの重要な発見は、両方のシステム(BMIとDXA)が過体重と肥満の全体的な有病率を同じように特定したとしても、場合によっては異なる人々について話しているということです。言い換えれば、DXAによって特定された個人は、BMI分類による個人とすべてが同じというわけではありません。)
出典: Scientists say BMI gets it wrong for over one third of adults : ScienceDaily
潮目「違う人々……? つまり、BMIで『肥満』と判定された人が、DXAっていう精密な機械で測ると『正常』だったり、その逆もあるってこと!?」
ナギ「その通りです。極端な例を言えば、筋肉質で体重が重いアスリートが、BMIでは『肥満』と判定されてしまうケースがそれに当たります」
白波所長「そういうことよ。たった一つの指標が、いかに一面的な景色しか見せていないか……理解できたかしら」
本当の姿をスキャンせよ
潮目「なるほど……! 僕たちが健康診断の紙で一喜一憂しているあの数値は、ある種の幻想……いや、パラレルワールドの身体情報だったのかもしれない!」
ナギ「またSF的な飛躍を。単に測定方法の限界という、ごく現実的な話です」
潮目「でもナギ君、考えてもみてくださいよ! 自分の本当の姿は、体重と身長だけじゃ測れないってことですよ! これってすごくロマンじゃないですか!」
ナギ「そのロマンが、生命保険料の算定基準にも使われているという泥臭い現実もありますが」
潮目「うっ……! それはシビアですね……。じゃあ、もっと正確で、誰でも使える指標が必要じゃないですか! そのDXAってやつを、もっと手軽に!」
ナギ「大型の医療機器です。スマホのようにはいきません」
潮目「ならば! ラボトロニカの技術で開発しましょう! スマホのカメラで全身をスキャンするだけで、骨密度から筋肉量、体脂肪率まで、全部を可視化する『ラボトロニカ・スキャナー』を!」
ナギ「……面白い発想ですね。フィールドワークにも応用できそうです。例えば、冬眠前後のツキノワグマの体組成変化を、非接触でデータ化するとか」
潮目「それだ! それですよナギ君! 野生動物の健康状態を遠隔で把握できれば、生態系の観測精度も飛躍的に向上しますよ! いやー、夢が広がりますね!」
エッチなのはいけません
興奮する二人を、白波所長の冷ややかな声が断ち切った。
白波所長「……くだらない妄想はそこまでにしておきなさい」
潮目「は、はい!」
白波所長「まあ、今日のレポートの着眼点は悪くなかったわ。続きは明日までにまとめておくこと」
そう言い残し、所長は静かに踵を返す。
その時、所長が持っていた書類の束から、ひらりと一枚の紙が床に舞い落ちた。
潮目「あ、所長! 何か……」
潮目が声をかけるより早く、ナギがそれを音もなく拾い上げた。
それは、先程の健康診断の結果用紙のようだった。
ナギがちらりとその中身に目を落とし……そして、珍しく目を見開いたまま固まった。
ナギ「……これは……」
潮目「え、何!? なんですかナギ君!?」
ナギ「……驚異的です。すべての数値が、理想値をコンマ一の狂いもなく叩き出している……。もはや、芸術の域です」
潮目「マジで!? ちょっと! 僕にも見せてくださいよ!」
好奇心に駆られた潮目が手を伸ばすが、ナギはさっとそれを背中に隠した。
ナギ「エッチなのはいけません」
潮目「えええええーーーっ!?」
静まり返ったラボに、潮目の情けない絶叫だけが虚しく響き渡るのだった。