コラーゲンは効く?効かない?白波所長の美の源泉に迫る。
静かなる探究心
深夜のラボに、タイピングの音だけが静かに響く。潮目研究員は、淹れたてのコーヒーを片手に、助手のナギが覗き込むモニターの光に目を細めた。
「珍しいね、ナギ君。観測ドローンの制御ログじゃないみたいだけど」
「…潮目さん。少しばかり、個人的な興味に基づく調査を」
ナギは表情一つ変えずに答える。その画面に映し出されていたのは、およそラボの業務とはかけ離れた、美容と健康に関する論文だった。
「え、コラーゲン!? 嘘でしょ、ナギ君。そういうのって経口摂取してもアミノ酸に分解されるだけで、直接お肌ぷるぷるになるわけじゃないって、ラボの共通認識じゃなかったっけ?」
「常識は、新たな観測データによって覆されるためにあります。ボスのような完璧な美貌を維持するには、旧来の定説に囚われていては到達できません」
ナギの口から出た「ボス」という単語に、潮目は思わずコーヒーを噴き出しそうになる。彼女が指し示す人物は一人しかいない。このラボトロニカを統べる絶世の美女、白波所長その人だ。
美しさを裏付けるデータ
「いやいや、ナギ君! 気持ちはわかるけど、あの人はもう生物としての格が違うというか…」
「非科学的な精神論は棄却します。見てください、このデータを」
ナギは冷静に、一つの論文を潮目の前に提示した。
Collagen supplementation demonstrates consistent and clinically meaningful benefits for dermal, bone, and muscular health.
(コラーゲン補給は、皮膚、骨、筋肉の健康に対して、一貫性のある臨床的に意味のある利点を示します。)
出典: Collagen Supplementation for Skin and Musculoskeletal Health: An Umbrella Review of Meta-Analyses on Elasticity, Hydration, and Structural Outcomes : Aesthetic Surgery Journal Open Forum (Oxford Academic)
「へえ、最新の研究では効果アリって結論が…」
潮目が驚きの声を上げる横で、ナギはさらに追撃のデータを表示する。
This study brings together the strongest evidence to date on collagen supplementation.
(この研究は、コラーゲン補給に関するこれまでで最も強力なエビデンスをまとめたものです。)
出典: The biggest collagen study yet reveals what actually works : Anglia Ruskin University (ScienceDaily)
「『これまでで最も強力なエビデンス』…。これは、いよいよ定説が覆る感じなのかな」
「ええ。ボスが日々、我々の知らないところでこうした最新の知見を実践している可能性は、十分に考えられます」
真顔で語るナギの瞳は、美への探究というより、未知の現象を解明しようとする研究者のそれだった。
ロマンと科学の境界線
「だとしてもだよ、ナギ君! 所長はきっと、体内でコラーゲンを無限に生成できる特殊な遺伝子を持ってるんだよ! 新人類なんだ!」
潮目がロマンあふれる仮説を熱弁する。いつもの脱線が始まった。
「潮目さん。経口摂取したコラーゲンが一度アミノ酸に分解される、という点に変化はありません。ですが、近年の研究では特定のコラーゲンペプチドが、体内で『もっとコラーゲンを作りなさい』というシグナル伝達物質として機能する可能性が示唆されています。魔法ではなく、情報伝達という科学です」
ナギの冷静なツッコミに、潮目は「なるほど…」と唸る。
「シグナル伝達! そうか、そういうことか! じゃあさ、このシグナルを解析して、うちの観測ドローンの自己修復外装に応用できないかな!? フィールドでちょっと擦りむいたくらいなら、勝手にコラーゲンで再生するドローン!」
「…自己修復マテリアルとしての応用。悪くない着眼点です。機体の軽微な損傷を自動補修できれば、メンテナンスコストを大幅に削減できる。ボスの美の探究が、結果的にラボの経費削減に繋がるなら合理的です」
二人の議論が、いつものようにテクノロジーの未来へと着地しかけた、その時だった。
甘い香りと先行投資
ふわり、と。
潮目の背後から、彼の知らない甘く高級な香水の匂いが漂った。
「私の肌の秘密…そんなに知りたいのかしら?」
凍りつくような、しかしどこか甘美な声。潮目がぎこちなく振り返ると、そこにはいつから立っていたのか、白波所長が妖艶な笑みを浮かべて佇んでいた。
「しょ、所長っ!?」
「ボス…!」
完全にフリーズする潮目の横で、ナギだけが冷静に会釈する。白波所長は美しい指先で潮目の肩のホコリを払い、ゆっくりとナギのデスクに近づいた。
コツン、と小さな音を立てて、デスクの上に高級そうなガラス瓶が置かれる。中には黄金色の液体が満たされていた。
「…これは先行投資よ。ナギ、あなたのその探究心に賭けてあげる。効果を詳細に観測し、レポートとして提出しなさい」
そう言い残すと、白波所長はヒールの音を響かせ、嵐のように去っていった。
残されたのは、思考停止した潮目と、静かに高級ドリンクを手に取り、その成分表示を解析し始めるナギの姿だけだった。
「潮目さん。これは私の観測対象物です。手を出さないでください」
ナギの言葉に、潮目はただ頷くことしかできなかった。