UNKN_LEVEL: ★★☆:少し不思議

不安の正体は脳の栄養不足?ケーブルを踏む恐怖とコリンの関係性

不安の正体は脳の栄養不足?ケーブルを踏む恐怖とコリンの関係性
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床に這うケーブルは、不安のメタファーか

ラボの床は、さながら黒い蛇が巣くう魔境だ。

無数の電源ケーブルやLANケーブルが、潮目(しおめ)研究員の足元に複雑なトラップを仕掛けている。

「うわっ、とと…あぶな…」

案の定、潮目は太いケーブルに足を取られ、派手に体勢を崩した。幸い、転倒は免れたが、彼の額には冷や汗が浮かんでいる。

「はぁ…心臓に悪い。なんでこんなに不安になるんでしょうね、ケーブルを踏むのって」

「またケーブル踏んでますよ、潮目さん」

背後から、助手のナギが呆れた声で言った。その手には、乱雑に置かれた機材を整理するための結束バンドが握られている。

「いや、違うんですよナギ君!今のは物理的な危険の話じゃなくて、もっと根源的な…そう、『不安』そのものについての哲学的問いかけなんです!」

「そうですか。私には、単に足元を見ていないだけに見えますが」

「そもそも不安とは何なのか。この漠然とした恐怖、未来への不確実性…。いやはや、実に興味深いテーマですよね!」

熱弁をふるう潮目を、ナギは冷めた目で見つめていた。


不安を映し出す「脳の化学式」

「まあ、聞いてください!ちょうど、その『不安』の正体に迫る、ものすごいデータを見つけたんですよ!」

潮目は体勢を立て直し、いそいそとメインモニターを指差した。そこには、英文の学術論文が表示されている。

「ほらこれ!不安障害のある人の脳を調べたら、ある共通した異常が見つかったっていうんです!」

Reduced choline-containing compounds in cortical regions is a consistent, transdiagnostic abnormality in AnxDs.
(皮質領域におけるコリン含有化合物の減少は、不安障害における一貫した、診断横断的な異常である。)
出典: Transdiagnostic reduction in cortical choline-containing compounds in anxiety disorders: a 1H-magnetic resonance spectroscopy meta-analysis : Molecular Psychiatry (配信元: nature.com)

「コリン含有化合物…つまり、脳内の特定の化学物質が減っていると。これは大発見ですよ!」

潮目は興奮気味に続ける。

「つまり、僕がケーブルを踏むたびに感じるこの不安も、脳内のコリンが足りないせいなのかもしれない!」

「潮目さんの不注意を、脳内物質のせいにするのはやめてください。…ただ、関連する分かりやすい解説記事もありますね」

ナギはそう言って、手元のタブレットに別の記事を映し出した。

Scientists discovered a striking brain chemistry difference in people with anxiety — and it may be linked to a nutrient most Americans don’t get enough of.
出典: Scientists find hidden brain nutrient deficit that may fuel anxiety : University of California - Davis Health (配信元: ScienceDaily)

「なるほど。不足しがちな『栄養素』と関連がある、と。そういう話ですか」

潮目はゴクリと喉を鳴らした。

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

栄養素と恐怖、そして観測ドローンへの応用

「栄養素…!つまり、食事で不安がコントロールできるかもしれないってことですよね!?」

潮目の目がキラキラと輝き始めた。

「いや待てよ…もしかしたら、僕らの脳からコリンを奪い去る、未知の宇宙線が地球に降り注いでいるのでは…!?そのせいで現代社会に不安が蔓延しているとか!」

「壮大な話になりましたね。普通に考えて、食生活の偏りが原因でしょう」

ナギは潮目のSF的な妄想をバッサリと切り捨てる。

「不安という複雑な感情が、コリンという特定の栄養素と結びついている。データが示すのは、そういう泥臭い身体のメカニズムです」

「うーん、確かに…。でも、だとしたら凄いことですよ!もし、このコリンの増減をリアルタイムで計測できる超小型センサーを開発できたら…?」

潮目の思考は、いつものようにラボトロニカの観測技術へと飛躍する。

「観測対象の野生動物にそのセンサーを取り付ければ、彼らがいつ、どこで『不安』を感じているかがデータ化できる!捕食者が近づいた時のコリン値の変動とか、絶対面白いデータになりますよ!」

「脳に直接センサーを埋め込むと?倫理的なハードルがかなり高そうですが…」

珍しく、ナギもそのアイデアに興味を示した。

「非接触で脳内のコリン量をスキャンできるドローンとか。それが実現できれば、群れ全体のストレスレベルをマッピングして、生態系の健全性を評価する新しい指標になるかもしれませんね」

「それですよナギ君!いやはや、素晴らしい!夢が広がります!」

二人の議論は、ラボの床に這うケーブルのことなどすっかり忘れて、白熱していく。


本当に怖いもの

ひとしきり議論が盛り上がった後、潮目は喉の渇きを覚えてコーヒーメーカーへ向かおうとした。

そして、再び足元のケーブルに気づき、ビクッと体をこわばらせる。

「…やっぱり、怖いな。このケーブル」

その様子を見ていたナギが、静かに、しかし芯のある声で問いかけた。

「潮目さん」

「は、はい」

「潮目さんが本当に怖いのは、このケーブルを踏んで機材を壊し、白波ボスに怒られることですか?」

「……」

「それとも、ケーブルを踏んだその事実を、私にバレることですか?」

潮目は数秒間黙り込んだ後、小さな声で答えた。

「…どっちもです」

ナギは、深い深いため息をついた。どうやらこのラボに蔓延する不安の原因は、コリン不足でも宇宙線でもなく、もっと身近なところにありそうだ。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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