6億年前の大陸は迷子だった? 地磁気が語る、失われた地図の謎
古本屋で見つけた、色褪せたロマン
ラボの片隅。潮目は古びた一冊の本を、宝物のようにめくっていた。表紙には「謎の古代大陸発見!」と、小学生が好きそうな煽り文句が躍っている。
「いやはや、懐かしいなあ。ナギ君、見てくださいよこれ」
潮目は、少し黄ばんだページをナギに見せる。そこには、現代の地図にはない、奇妙な形の大陸が描かれていた。
「子供の頃、こういう本を読み漁ってたんですよ。ムーとか、アトランティスとか…ロマンがありますよねえ!」
「はあ。また古本屋でガラクタを仕入れてきたんですね。その本、少しカビ臭いですよ」
ナギは鼻をくんとさせながら、無感動に答えた。
「ガラクタじゃないですよ! 夢と冒険が詰まってるんです。このバルティカ大陸っていうのも、昔は全然違う場所にあったって言うじゃないですか」
「…バルティカ大陸、ですか。ちょうどいい話を思い出しました」
ナギはそう言うと、手元の端末を操作してメインスクリーンにデータを転送した。
観測データが示す「ありえない」座標
「潮目さん、その本のロマンもいいですが、現実の観測データはもっとミステリアスですよ」
スクリーンに表示されたのは、無機質な文字列と座標データだった。
Our revised pole position (20.8°N, 89.0°E) differs from earlier results by more than 40°, with important implications for Baltica's paleogeographic evolution.
(我々が修正した極位置(北緯20.8度、東経89.0度)は、以前の結果とは40度以上異なっており、バルティカ大陸の古地理的進化に重要な示唆を与える。)
出典: Reassessing the Paleomagnetism of the Ediacaran Egersund Dikes (Norway): A More Complex Picture Than Previously Recognized : Geochemistry, Geophysics, Geosystems
「よ、40度以上違う!? これ、とんでもない誤差じゃないですか!」
潮目は本のことを忘れ、スクリーンに釘付けになった。
「40度って、東京からだと…フィリピンくらいまで行っちゃいますよ! ほぼ別の大陸じゃないですか!?」
「ええ。これまでの定説が、根底から覆るかもしれないデータです」
ナギは冷静に頷く。しかし、潮目の興奮は止まらない。
「でも、どうしてこんなことに? 観測ミス…じゃないですよね。何か、僕らの知らない力が働いて…」
「その『知らない力』についても、ヒントはありますよ」
ナギは指先でスワイプし、もう一つのデータを表示させた。
Earth's magnetic field appears to have behaved in erratic ways, and applying standard techniques to calculate the continents' positions based on records of the magnetic field yields implausible results.
(地球の磁場は不安定な振る舞いをしていたようで、磁場の記録に基づいて大陸の位置を計算する標準的な手法を適用すると、ありえない結果が得られる。)
出典: Baltica's location 600 million years ago hinted at by paleomagnetic data : Phys.org
大陸はワープしたのか? それとも…
「地磁気が…不安定だった?」
潮目は呆然と呟いた。
「まさか! 大陸が一夜にして40度もワープしたのかと! 超古代文明の仕業か、あるいは地球の自転が急に逆回転したとか!」
「相変わらずSF脳ですね、潮目さん。ワープじゃありません。当時の地球のコンパスが、メチャクチャに狂っていたというだけです」
ナギの冷静な一言に、潮目は肩を落とした。
「な、なんだ…やっぱりオカルトじゃなかった」
「オカルトではありませんが、これはこれで大変なことですよ。6億年前の地磁気は、現代の私たちが使っているモデルでは捉えきれないほど、 erratic…つまり『奇妙で予測不能』な振る舞いをしていた可能性を示しています」
その言葉に、潮目の研究者としてのスイッチが入った。
「予測不能な地磁気…。それはつまり、当時の岩石に残された磁気の記録だけを頼りに過去の大陸位置を復元するのは、嵐の海で羅針盤もなしに航海するようなものだということか…!」
「その通りです。だから『ありえない結果』が出てしまう」
「うわあ…すごい話だ。でも、もし…もしですよ? この不安定な地磁気のノイズの中から、真のシグナルを拾い出す技術が開発できたら…?」
潮目の目が、少年のように輝き始めた。
「6億年前の、誰も見たことのない正確な地球の地図が作れるかもしれない! ラボトロニカの次世代地殻センサーに応用すれば、GPSが効かない火山内部や深海のプレート境界だって、ミリ単位で動きを追えるようになるかもしれない!」
「…誤差40度を補正できるナビゲーションシステム。確かに、実現すれば惑星探査にも応用が効きそうですね。悪くない発想です」
珍しくナギも、そのアイデアに興味を示したようだった。
地図にない場所へ
「よし! 決まりですね!」
潮目は読んでいた本をパタンと閉じ、勢いよく立ち上がった。
「まずはこの『不安定な地磁気』とやらを、僕ら自身で観測しに行きましょう! 百聞は一見に如かず、です!」
「…言われなくても、準備はできていますよ」
ナギはため息をつきつつも、どこか楽しそうに壁際のロッカーを指差した。そこには、ヘルメットやハーネス、そして特殊なセンサーが詰まったバックパックが2つ、用意されていた。
「次のフィールドワーク、ちょうど地殻変動が活発な観測ポイントでしたよね」
「ええ! さあ、行きましょう、ナギ君! 6億年前の、失われた地図を探しに!」
潮目はバックパックを背負い、ラボの重い扉に手をかける。ナギも静かにその後に続いた。
データと風景のあいだにある、まだ誰も知らない真実を確かめるために。