音の共鳴、種を超えた美の探求
深夜のラボ、予期せぬ発見
深夜のラボ。静寂を破るのは、時折響く潮目のキーボードを叩く音だけだ。
ナギは最新の観測データを整理するため、モニターの前で静かに作業を進めている。
潮目がコーヒーカップを手に、目をこすりながら伸びをする。
「いやはや、コーヒーも飲みすぎると、眠気が払えなくなるものですね…」
「潮目さん、コーヒーまたこぼさないでくださいね。昨日の機材洗浄、大変だったんですよ」
ナギの冷静なツッコミに、潮目は苦笑いを浮かべる。
耳を澄ませば、動物たちの歌声
「で、このデータ、不思議なことに惹きつけられるんですよ。なんだか自然の音楽みたいで」
潮目がモニターを指差す。そこには、複雑な波形が描かれている。
「『人間と他の動物とで、音の美的感覚は共通しているのか?』という疑問から始まった市民科学実験なんですよね」
ナギが説明を続ける。
Jamesらは、人間が昆虫、カエル、鳥類、その他の哺乳類など、広範な動物と特定の音の好みを共有していることを見出した。全体的に見ると、人間は偶然以上の確率で、動物自身が好むのと同じ音を好む傾向があり、動物がより明確な好みを示した対では、一致する確率が高かった。"
出典:人間と動物は音の好みが似ていることが市民科学研究で明らかに
進化の糸電話、響き合う感性
「つまり、僕たちが『美しい』と感じる音って、実は動物たちも同じように感じているかもしれないってことですよね!」
潮目が興奮気味に語る。
「チャールズ・ダーウィンも言っていた『美的嗜好』が、種を超えて共通するなんて、ロマンありますよね...」
腕組みをしてうんうんと頷く潮目。
「ロマンは結構ですが、その『美的嗜好』が、具体的にどのような音の特性に起因するのか、さらに掘り下げる必要がありますね。単一の特性ではなく、複雑な組み合わせの可能性が高いようです」
ナギは冷静に分析する。
「でも、音楽の訓練を受けてなくても、毎日音楽を聴いている人は、動物の好みとの一致率がわずかに高かったっていうのも面白い。日常に潜む『音』への感性が、動物たちの声と響き合っているのかも」
潮目は、遠い目をして空を見上げる。
野生のシンフォニー、フィールドへ
「この結果、ぜひ直接確かめてみたいですね! 今すぐにでも、あの森に行って、鳥のさえずりや虫の声に耳を澄ませたい!」
潮目が立ち上がり、サバイバルバックパックに手を伸ばす。
「待ってください潮目さん。まずは機材のメンテナンスと、フィールドでの安全確保が最優先です。それに、このデータから得られる考察は、まだまだ深められます」
「考察といえば...」
ふと、我に返る潮目。
「?」
「噂で聞いたんですが、白波所長って、じつはとてつもない音痴らしくて」
意表をついた情報に、さすがのナギも驚愕する。
「え、ええ?」
「実はこのあいだ、ラボのデータをとりまとめていたとき、何年前かの忘年会の記録らしきものが出てきて」
「へえ」
「それによると、白波所長が珍しく酔ってしまって、それでマイクを手にして歌ったらしいんですが」
「はあ」
「歌い終えた頃には同席者が全員、どういうわけだか耳を抑えて倒れていたらしく」
「...さすがにそれはにわかに信じがたく。ですが興味が湧いてきました。まだ記録は消してないですよね」
「もちろん!」
盛り上がる研究室に、白波所長のヒールの音が近づいていることを、二人はまだ知らない。
もちろん研究室のドアが開いたことも。
モニターに釘付けになる二人の背後に、白波所長の影が迫りつつあったことも。