アンデスを越えた、奇跡の色彩
遥かなる響き
真夜中のラボ。
無機質な機材の合間を縫うように、潮目の穏やかな寝息が響いていた。
ナギは静かに、しかし確かな手つきでサーバーのメンテナンスを行っている。
そこに、不意に響くハイヒールの軽やかな音。
「…所長?」
潮目が寝ぼけ眼で顔を上げると、そこには白波所長が立っていた。
艶やかな黒髪は夜の静寂に溶け込み、その姿はまるで夜空に浮かぶ月のように神秘的だ。
「潮目、ナギ。深夜までご苦労さま」
その声は、氷のように冷たく、それでいて宝石のように美しい。
潮目とナギは、思わず背筋を正した。
驚異の発見
「…所長。何か、新しい観測データですか?」
潮目が尋ねると、所長は無言でタブレットを操作し画面をこちらに向けた。
そこには息をのむほど鮮やかな、青と緑の羽根の写真が映し出されている。
「これは…!」
「すごい色…」
潮目とナギは、思わず声を漏らした。
古代ペルーでは羽根を得るために生きたインコがアンデス山脈を越えて運ばれていたことを報告する論文が、オープンアクセスジャーナルNature Communications に掲載される。約1000年から500年前のイチマ(Ychsma)時代の墓から発見された、今も鮮やかな色を保つ羽根の分析から、インカ帝国以前の時代に複雑で広範な経済活動が存在したことが示唆される。
アマゾン産のインコの鮮やかな羽根が、地位の象徴として含め、アメリカ大陸全域の古代文化で高く評価されていたことは以前から知られている。しかし、アンデス山脈を越えてペルーへ製品を運ぶ貿易ネットワークの詳細は完全には解明されていなかった。
出典:古代インコ交易、アンデス越えの謎(Nature Asia)
「まさか、こんな時代に…」
潮目が呟くと、所長は静かに続けた。
「ええ。この羽根は、当時、地位の象徴として、あるいは儀式に用いられたものだと考えられているわ」
ふわりと髪をかきあげる所長。
「インカ帝国以前の時代に、これほど広範で複雑な経済活動が存在した証拠よ」
遥かなる交易網
「でも、アンデス山脈を越えるなんて…どうやって運んだんでしょう?」
ナギが冷静に問いかける。
所長は、タブレットを操作しながら答えた。
「捕獲されたインコは、生きたまま数百キロメートル離れたアンデス山脈を越えて運ばれた。その経路は、北ルートと、より直接的な中央ルートがあったと推定されているわ」
「空を飛ぶ鳥が、陸を越えて運ばれる…想像もつかないですね!」
潮目は興奮気味に語る。
純粋な憧憬
白波所長は、タブレットに映し出された鮮やかな羽根をじっと見つめていた。
その横顔は、まるで芸術作品のようだった。潮目とナギは、その姿に目を奪われた。
「所長、その羽根…本当に綺麗ですね」
潮目が思わず漏らす。
ナギも、無言で所長を見つめている。
所長はゆっくりと顔を上げ二人を見た。
その瞳は星のように澄んでいた。
「見とれているのは、この羽に? それとも、私?」
その言葉に、潮目の顔はみるみるうちに赤くなった。
ナギは静かに視線を逸らした。
ラボの空気は一瞬にして熱を帯びた。