UNKN_LEVEL: ★★★:完全な未知

僕らは『涼しい時代』の仮住まい人? 地球の体温と炭素のタイムカプセル

僕らは『涼しい時代』の仮住まい人? 地球の体温と炭素のタイムカプセル
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ラボの熱帯夜

ラボトロニカの環境試験室は、うだるような熱気と湿度で満たされていた。

最新のサバイバルギアをテスト中の潮目研究員は、額から滝のように汗を流している。

「あ、暑い……これが50年後の東京の夏……もうサウナじゃないか……」

強化ガラスの向こう側、空調の効いた安全な制御室から、助手のナギがマイクを通して淡々と告げる。

「潮目さん、心拍数が上昇しています。テストは中止しますか?」

「いや、まだだ……まだやれる……! しかし、本当に地球はこんな未来に向かっているのか……?」

ぐったりと壁にもたれる潮目に、ナギは「未来を憂うより、過去に学ぶ方が有益かもしれませんよ」と言って、手元のタブレットの画面を試験室のモニターに転送した。

「昔の地球だって、何度も高熱を出していたはずだ。一体、どうやって熱を冷ましてきたんだろうな……」

潮目の呟きは、まるでナギの行動を予期していたかのようだった。


古代からの処方箋

「良い疑問です、潮目さん。ちょうど、地球の『解熱剤』に関する興味深い論文が」

モニターに表示されたのは、古気候学に関する最新の研究報告だった。

Palaeoclimate model simulations do not account for enhanced delivery of terrestrial organic carbon into the marine realm and are thus missing an important carbon sink. Terrestrial organic carbon burial could act as a negative feedback during other hyperthermals and may aid the long-term (>10,000-year) recovery of the Earth system.
(古気候モデルのシミュレーションは、陸域の有機炭素の海洋領域への供給強化を考慮しておらず、したがって重要な炭素吸収源を見逃している。陸域の有機炭素の埋没は、他の超温暖化イベントにおいても負のフィードバックとして機能し、地球システムの長期的な(1万年以上)回復を助ける可能性がある。)
出典: Enhanced marine burial of terrestrial organic carbon through the Palaeocene–Eocene Thermal Maximum : Nature Geoscience (配信元: nature.com)

「陸の有機炭素が……海に? つまり、大昔の森や土が大量に海に流れ込んで、それが炭素を閉じ込めるフタになったってことか!? いやはや、スケールがでかい話ですね!」

汗だくなのも忘れ、潮目は興奮気味にモニターににじり寄る。

「ええ。そして、これはただの昔話ではありません」

ナギは冷静に、もう一つのデータを追加で表示した。

Our findings carry important implications for current global warming because this ancient warming interval is a potential parallel to today's human-driven climate change. Many leading climate models do not currently account for this type of carbon transfer and burial, so they could be overlooking a potentially significant long-term carbon sink.
(我々の発見は、この古代の温暖化期間が今日の人為的な気候変動と類似している可能性があるため、現在の地球温暖化に対して重要な意味を持つ。多くの主要な気候モデルは現在、この種の炭素の移動と埋没を考慮に入れていないため、潜在的に重要な長期的な炭素吸収源を見落としている可能性がある。)
出典: Molecular fossils reveal secrets of Earth's recovery from ancient global warming event : University of Southampton (配信元: Phys.org)

「現代の気候モデルも、この仕組みを見逃してる可能性がある、と……。つまり僕らは、地球が本来持っている冷却システムの一つを、まだ計算に入れられていないのかもしれないんですね!」

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

地球の自己治癒力と僕らの立ち位置

「わかったぞナギ君! これはもう、地球に宿る意志だよ! 惑星ガイアが自らの体温を調整するために、陸の栄養を海に送って二酸化炭素を固定する……壮大な自己治癒プログラムなんだ!」

潮目はSF映画のワンシーンのように両手を広げ、熱弁をふるう。

ナギは、ふぅ、と一つため息をついた。

「残念ながら、そこに惑星の意志は介在しません。もっと泥臭い話ですよ。温暖化で気候が不安定になり豪雨が増える。増えた雨が川の流量を増やし、土壌を激しく侵食する。結果、大量の土砂や朽ちた植物、つまり有機炭素が海へ運ばれた。ただそれだけの、物理的なプロセスです」

「その泥臭さがロマンじゃないか! 自然の巨大な歯車が、ゆっくりと、でも確実に噛み合っていく感じが!」

潮目の目は少年のように輝いている。

「もし、この陸から海への炭素輸送システムを、僕らの技術でブーストできたらどうだろう? 例えば、河口域で炭素を効率的に海底へ沈降させるメカニズムを搭載した『カーボン・ベリード(埋葬)・ドローン』とか!」

「河川の生態系を破壊する気ですか。却下です。ですが……その炭素輸送の効率と量をリアルタイムで観測する新しいセンサーの開発は、面白いかもしれませんね」

珍しくナギが少しだけ潮目の妄想に乗ってきた。


デフォルト設定は『灼熱』か

ひとしきり盛り上がった後、潮目はふと、試験室のガラス窓の向こうに広がるラボの日常風景を見つめた。

「でもさ、ナギ君」

静かな声だった。

「考えてみれば、地球の長い歴史の中で、今みたいに人類が快適に過ごせる『涼しい』期間って、ほんの一瞬だったのかもしれないですよね」

「…と、言いますと?」

「恐竜がいた時代も、もっとずっと昔も、地球の平均気温は今よりずっと高かった。僕らが『異常気象だ』って騒いでいるこの暑さこそが、もしかしたら地球にとっては『平常運転』で……」

潮目の言葉は続く。

「僕ら人類がたまたま、氷期と間氷期のはざまにある、奇跡みたいに涼しくて安定した『仮住まいの期間』に文明を築いただけだとしたら……?」

その問いに、ナギは少しの間、沈黙した。

やがて、制御室のコンソールを操作する手を止め、潮目をまっすぐに見つめ返す。

「……だとすれば、地球の『正常』に、私たちが適応する時が来るのかもしれません。この暑さが、この惑星のデフォルト設定なのだと、認めなければならない日が」

二人の間に、静かな時間が流れる。

試験室のけたたましい環境音だけが、まるで遠い過去の惑星の鼓動のように、ラボの中に響き渡っていた。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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