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老いた科学者は夢を見るか?――『破壊』と『ノスタルジア』の観測記録

老いた科学者は夢を見るか?――『破壊』と『ノスタルジア』の観測記録
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鬼教官と仏様

「そういえばさ、ナギ君」

静かなラボに、潮目のどこか懐かしむような声が響いた。珍しく機材に躓くでもなく、穏やかにコーヒーを啜っている。

「僕の亡くなったじいちゃん、とんでもなく穏やかな人だったんだ。まさに仏様って感じで」

「……潮目さんのお祖父様ですか。素敵な方だったのですね」

ナギはサーバーのメンテナンスをしながら、キーボードを打つ手を止めずに相槌を打つ。

「うん。でもね、母さんから聞いた話だと、若い頃は海軍の鬼教官って呼ばれて、めちゃくちゃ恐れられてたらしいんだ」

「それはまた、随分とギャップがありますね」

「だろ? 年取って丸くなるって、一体どういうメカニズムなんだろうなって、時々考えるんだよね」

潮目は窓の外、遠くの水平線を見つめながら呟いた。


年齢が奪うもの、与えるもの

「……潮目さん。その疑問、ヒントになるかもしれないデータがありますよ」

ナギは不意に手を止め、メインスクリーンにひとつの論文を映し出した。

「え、本当かい!?」

「あなたの雑談は、時として観測のトリガーになりますから」

画面に表示されたテキストに、潮目は釘付けになった。

Analyzing more than 12.5 million scientists who published between 1960 and 2020, we find that novelty—the linking of previously unconnected ideas—increases with academic age, whereas disruption—the replacement of established ideas with new ones—declines.
(1960年から2020年の間に論文を発表した1250万人以上の科学者を分析した結果、我々は、新規性(これまで無関係だったアイデアを結びつけること)は学術的年齢とともに増加する一方で、破壊性(確立されたアイデアを新しいものに置き換えること)は減少することを発見した。)
出典: Aging researchers produce more novel combinations but fewer disruptive papers : Science (配信元: Science.org)

「うわ、これすごいな! 1250万人以上の科学者を分析……!」

潮目の知的なスイッチが入る。

「つまり、経験を積むと、色々な知識を結びつける『新規性』は上がるけど、常識をひっくり返すような『破壊性』は下がっていくってことか! まさに鬼教官が仏様になるプロセスじゃないか!」

「短絡的すぎます。ですが、あながち間違いでもないかもしれません。こちらの補足記事もどうぞ」

ナギは、隣にもうひとつのウィンドウを開いた。

Countries with more young researchers, like China and India, produce more disruptive research than those, like the U.S., with an older research community, the team found. This makes the nostalgia effect a matter not just of scientific importance, but of national competitiveness, according to Wu.
出典: How 'nostalgia effect' makes scientists less disruptive as they age : University of Pittsburgh (配信元: Phys.org)

「ノスタルジア効果……。なるほど、ただ丸くなるだけじゃなくて、過去の成功体験に囚われる、みたいなことなのかな」

「ええ。そしてそれは個人の問題だけでなく、国の競争力にまで影響を及ぼす、と」

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

ノスタルジアという亡霊

「いやはや、面白い……! つまり、若さってのは、何も知らないが故の『無謀さ』や『破壊衝動』が武器になるってことだ!」

潮目はすっかり興奮して、ラボの中を歩き回り始めた。

「だとしたらだよ、ナギ君! 若い研究者の脳と、僕らみたいなベテランの脳を直結させて、破壊と新規性を両立させるサイボーグ兵団を作れば……!」

「却下します。非倫理的ですし、予算がありません。それに潮目さんはまだベテランというには若いでしょう」

ナギの冷静なツッコミが、潮目のSF的な妄想を打ち砕く。

「うっ……。でも、このメカニズムを観測ドローンに応用できないかな? 若いAIには破壊的なルート探索をさせて、ベテランのAIがそれを既存の地図データと結合させて最適化する、みたいな」

「デュアルAIシステムですね。それは検討の価値があるかもしれません。過去の成功パターンに固執するAIの暴走は、既に問題になっていますから」

「だろ! 過去の栄光という名の亡霊を、どう飼いならすか。それは人間もAIも、そして国というシステムも同じなのかもしれないね」

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

バックアップと始末書

「よし! この着想を元に、新しいAIシステムの企画書を……っと!」

潮目が勢いよくデスクに向かった、その時だった。

ガッ! と鈍い音を立てて、潮目の足が外付けハードディスクのケーブルに引っかかる。ディスプレイに表示された「ファイルを完全に削除しますか?」のダイアログ。潮目の巨体がマウスに乗りかかり、無慈悲なクリック音が響いた。

「あ」

次の瞬間、デスクトップから、この半年の観測データが詰まったフォルダが、儚く消え去った。

「…………」
「…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」

ラボに響き渡る絶叫。

「……潮目さん」

背後から聞こえたのは、絶対零度のナギの声だった。

「だ、大丈夫! きっとゴミ箱に……」

「今のはShift+Deleteです。ゴミ箱には入りません」

「……」

「幸い、昨夜の自動バックアップがクラウドストレージに残っています。データの大部分は復元可能でしょう」

「よ、よかったぁ……! さすがナギ君!」

安堵の息を漏らす潮目。しかし、ナギの言葉は続く。

「ですが、この半日分の手動入力データは消えました。そして、物理的な機材破損と、重大なヒューマンエラーです。始末書、三枚は書いてもらいますから」

「はは……ナギ君も若いなあ。そんなにカッカしなくても……データは無事なんだし……」

潮目が引き攣った笑いで誤魔化そうとした瞬間、ナギは静かに、しかしはっきりと告げた。

その減らず口を叩く前に、反省文を書いてください。今すぐ。ここで

凍りつく潮目。

「いずれは丸くなるのかな、ナギ君も」

あ?

破壊性を失ったベテラン研究員は、若き助手の前で、ただただ小さくなるしかなかった。

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