星が惑星を食べる日、僕らはどこへ行くのか
届かない星、届いてしまう未来
潮目は、夜空を映すはずの望遠鏡の接眼レンズを、ただ無心に磨いていた。深い森の観測小屋。あたりは静寂に包まれ、時折、遠くでフクロウが鳴く声だけが聞こえる。
「くそー、また結露してる……何も見えないじゃないか」
潮目はため息をつき、レンズから顔を上げた。隣では、助手のナギがタブレットの光を顔に浴びながら、淡々と何かを打ち込んでいる。
「外気温と室内の温度差を考えれば当然の結果です。それより、そんな原始的な方法で星を見ようとするからですよ、潮目さん」
「ロマンがないなあ、ナギ君は。こうやって自分の目で見てこそ、宇宙の広がりを実感できるんじゃないか」
彼はそう言って、観測小屋の窓を開けた。ひんやりとした夜気が、火照った頬を撫でる。満天の星が、まるで手の届きそうなほど近くに瞬いていた。
「綺麗だなあ……」
「ええ、美しいですね。この恒星たちも、いずれは寿命を迎えますが」
「だよなあ。今から数十億年も経てば、僕らの太陽も大きく膨らんで、この地球を飲み込んじまうって言うんだから」
潮目は星空を見上げたまま、独り言のようにつぶやいた。
「頭では、理性では分かるんだ。恒星の進化ってやつだろ? でもさ、感情的には、心のどこかで『本当かなあ』って首をひねりたくなるんだよな。この足元の地球が、まるごと無くなるなんて」
飲み込まれた惑星の痕跡
ナギは潮目の言葉に、ふとタブレットから顔を上げた。その表情はいつも通り冷静だが、瞳の奥には知的な光が宿っている。
「その『本当かなあ』を裏付ける候補天体なら、ちょうど報告が上がっていますよ」
「え、マジで!? 惑星を飲み込んだ星の、直接的な証拠があるのかよ」
「直接的、とまでは言えませんが。極めて有力な候補です」
ナギはそう言って、タブレットの画面を潮目の方へ向けた。そこには、難解そうな英語のタイトルが一行、表示されている。
Lithium Enrichment in a Subgiant Star with a Brown Dwarf Companion: A Planetary Engulfment Candidate.
出典: Lithium Enrichment in a Subgiant Star with a Brown Dwarf Companion: A Planetary Engulfment Candidate. (The Astrophysical Journal)
「うわ、英語……。えーっと、『惑星を飲み込んだ候補天体』? やっぱりあるんじゃないか! しかもリチウムが濃縮されてるって? まさか、惑星をエネルギー源にしてパワーアップするのか!?」
「そのSF的な発想、嫌いではありませんが違います」
ナギはため息一つで潮目の妄想を切り捨てた。
「そのDOIから、既に論文の全文は解析済みです。この現象は、我々の太陽系にも無関係ではありません」
彼女は指先でスワイプし、別のデータを表示した。
Our own solar system is expected to experience a similar fate in the distant future. In roughly 5 billion years, the sun will reach a late stage of its life and expand into a red giant.
(我々の太陽系も、遠い未来に同様の運命を経験すると予想されている。およそ50億年後、太陽はその一生の晩期を迎え、赤色巨星へと膨張するだろう)
出典: Sun-like star caught after eating one of its own planets (ScienceDaily)
50億年後の脱出計画
潮目はゴクリと喉を鳴らした。
「50億年後、か……」
途方もない時間に、彼は言葉を失う。自分の人生どころか、人類の歴史すべてが瞬きにすらならない、宇宙的な時間スケール。
「気が遠くなる未来だけど、やっぱり寂しいもんだな。僕らが観測してきたこの景色も、データも、全部太陽に溶けて無くなるのか」
「そうですね。ラボトロニカのサーバーも、私のボディも、跡形もなく消滅します」
ナギは淡々と事実を告げる。その冷静さが、逆に物悲しさを際立たせた。
「……そうだ!」
突然、潮目が声を上げた。まるで世紀の発見でもしたかのように、彼の目が輝いている。
「飲み込まれる前に、人類が地球から引っ越せばいいんだ! 全員で巨大な宇宙船に乗って、新しい星を目指すんだよ!」
「また壮大な話ですね。その宇宙船の建造コストと、全人類を運び出すためのエネルギーコスト、試算したことありますか?」
ナギの現実的なツッコミが、潮目の熱気を一瞬で冷ます。
「うっ……。そりゃまあ、天文学的な数字になるだろうけどさ。でも、ロマンがあるじゃないか!」
「非合理的なロマンは、予算会議では1秒で却下されます」
「ぐぬぬ……。でもさ、もしあの論文にあった『リチウム濃縮』のメカニズムを応用できたらどうだ? 惑星のエネルギーを恒星間航行エンジンに転用できれば、あるいは!」
潮目が食い下がる。その必死な様子に、ナギは少しだけ口元を緩めた。
「……その発想は、非合理的ですが悪くはありません。惑星規模のエネルギー転用。もし実現できれば、ラボの観測ドローンのバッテリー問題も解決するかもしれませんね」
「だろ!? やっぱり観測は、未来に繋がってないと面白くないよな!」
いつか、宇宙が僕らの庭になるまで
ひとしきり興奮した潮目は、ふう、と息をついて椅子に深く座り直した。
「でもまあ、結局のところ、いま宇宙に行けるのは、莫大な費用をかけて訓練された宇宙飛行士だけなんだよなあ」
彼はマグカップに残っていた冷たいコーヒーを一口すする。
「選ばれた人だけの、特別な場所だ」
窓の外では、星々が静かに輝き続けている。50億年後も、きっと変わらずそこにあるのだろう。地球という観測点が、消えて無くなったとしても。
「そのうちさ」
潮目は、夜空に語りかけるように言った。
「飛行機に乗るみたいに、もっと気軽に宇宙に出られるようになれば良いよな」
「……気軽に、ですか」
「ああ。そうなれば、地球が太陽に飲み込まれる最後の瞬間を、すぐそこの別の星から、みんなで見届けてやれるかもしれない。ありがとうなって、さよならを言ってさ」
潮目の言葉に、ナギは何も答えなかった。ただ、二人並んで、窓の向こうに広がる、静かで壮大な宇宙の景色を静かに見つめていた。