UNKN_LEVEL: ★★★:完全な未知

記憶が「吐き出される」風景と、アルツハイマーを引き起こす細胞死の正体

記憶が「吐き出される」風景と、アルツハイマーを引き起こす細胞死の正体
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また何か燃やしましたか

ラボには、焦げ臭い匂いと微かな電子の悲鳴が満ちていた。

「うーん、どうもノイズが多いな…。僕の幼少期の記憶にアクセスしようとすると、なぜか昨日の夕飯のカレーのレシピが…って、わっ!」

彼が被っていた、半田付けの跡も生々しい自作のヘルメットから、青白い火花が散った。

「また予算を燃やしましたね、潮目さん」

いつの間にか背後に立っていたナギが、小さな消火器を構えながら冷静に告げる。

「いやいや!これは未来への投資だよ、ナギ君!僕みたいにアイデアが溢れすぎて忘れちゃう人間には、外部記憶装置が必要なんだって」

「潮目さんは忘れっぽいというより、注意散漫なだけです。それに、今回の我々のテーマは『忘れる』こと、アルツハイマー病に関するデータ観測でしょう」

「そうなんだけどさ。僕、忘れっぽいって言われるけど、どっちかっていうとSFチックなアイデアが頭の中で爆発しちゃってるだけなんだよね。だから、本当に大切な記憶が消えていくっていう感覚が、いまいち想像できないんだ」

「…なるほど。では、そんな想像力豊かな潮目さんに、ぴったりのデータがありますよ。オカルト装置より、よほど現実的で、よほどSF的なニュースです」


細胞が核を「吐き出す」死に方

ナギはそう言うと、手にしたタブレットの画面を潮目に見せた。

「『科学者たちはついにアルツハイマー病が脳細胞を殺す方法を発見したかもしれない』!? なんだって!?」

食い入るように画面を覗き込む潮目。

「これはすごい!一体どんな方法なんだい?ナノマシンの暴走とか?それとも脳内に潜む未知のウイルスとか!」

「相変わらずですね。もっと地道で、それでいて恐ろしいメカニズムです。まずは、このニュースの元になった論文の結論部分を」

Here we show that karyoptosis, a distinct form of cell death, can be induced by proteotoxic stress and then develops through nuclear degeneration and cellular expulsion of nuclear material.
(本研究では、細胞死の一種であるカリオプトーシスが、タンパク質毒性ストレスによって誘発され、核の変性と核内物質の細胞外への放出を経て進行することを示す。)
出典: Karyoptosis mediates cell death and neurodegeneration upon proteotoxic stress : Nature Communications (配信元: nature.com)

「カリオプトーシス…? 核内物質の、細胞外への放出…?」

「ええ。そして、この発見の重要性を解説したのがこちらの記事です」

The discovery, centered on a mechanism known as karyoptosis, could point researchers toward new ways to slow the progression of these devastating conditions.
(カリオプトーシスとして知られるメカニズムを中心としたこの発見は、これらの壊滅的な症状の進行を遅らせる新しい方法を研究者に指し示す可能性がある。)
出典: Scientists may have finally found how Alzheimer's kills brain cells : King's College London (配信元: ScienceDaily)

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

脳内で起こる壮絶な自爆

「ちょっと待って、これってつまり…細胞が自分の『核』を、文字通り吐き出して死ぬってことかい!?」

「その解釈で概ね合っています。脳内に異常なタンパク質のゴミが溜まるストレスで、細胞が自らの司令塔である核を維持できなくなり、最終的に細胞の外に排出してしまう。まるで自沈する船が、船長室ごと海に投げ捨てるようなものです」

「うわあ…。なんて壮絶な死に方なんだ…。SFというより、ほとんどホラーじゃないか。僕たちの記憶や思考を司る脳細胞が、そんな風に中身をぶちまけて一つずつ死んでいくなんて…」

その壮絶なミクロの風景を想像したのか、潮目はゴクリと喉を鳴らした。

「でも、待てよ?この『核を吐き出す』メカニズム、何かに応用できないかな?例えば、暴走したAIが自身のコアプログラムを物理的に排出して自壊する、究極の安全装置とか!」

「私のコアを吐き出させようとするのはやめてください。潮目さんのそのヘルメットの開発予算申請書なら、このメカニズムで即時排出すべきかもしれませんが」

「ひどい! でも、すごいな…。細胞レベルで起こる自己崩壊の風景か。データは無機質だけど、そこにはとんでもないドラマがあるわけだ」

「ええ。そして、このカリオプトーシスを抑制できれば、アルツハイマーの進行を遅らせられるかもしれない。細胞に『核を吐き出すな』と命令する薬の開発が期待されています」

「いいね!超高解像度の生体顕微鏡ドローンを開発して、脳内を飛び回りながらカリオプトーシスの瞬間をリアルタイムで観測するんだ!その映像はきっと、データと風景のあいだにある、誰も見たことのない…」


その心配は不要です

熱弁する潮目が、ふと真剣な顔になってナギを見つめた。

「…なあ、ナギ君」

「はい、何でしょう」

「ナギ君はAIだけど、その…記憶データが破損したり、コアプログラムが変性したりして…いつか僕のことを忘れちゃったりしないかな。その、なんていうか、AI版の健忘症みたいな…」

ナギは少しの間、沈黙する。ラボに静寂が落ちる。

「……潮目さん」

「な、なんだい?」

「私のメモリは最新の量子SSDで、常時多重バックアップも取られています。物理的に破壊されない限り、潮目さんが過去にこぼしたコーヒーの回数と研究室の床のシミの位置まで、ミリ単位で正確に記録されています」

「そ、そうか…」

「心配すべきは、私の記憶より、潮目さんの頭に被っているそのガラクタがショートして、潮目さん自身の記憶が飛ばないかどうかの方ですよ」

ナギがヘルメットを指差す。そこからは、まだ細く白い煙が立ち上っていた。

「ほら、まだ燻っています」

「うわっ!本当だ!あちちち!」

慌ててヘルメットを脱ぎ捨てる潮目の姿を、ナギは静かに(そして、ほんの少しだけ呆れたように)見つめていた。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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