【痛くない・削らない虫歯治療の最新データ検証】|銀色の希望と、パーフェクト超人の完璧なる歯

ラボに響くうめき声
ラボの片隅で、研究員の潮目が頭を抱えていた。その顔色は普段のドジを踏んだ時とは違い、心なしか青ざめている。
潮目「うぅ……なんか、奥歯が疼くような……」
潮目にとって、この世で最も忌むべき場所、それは歯医者だった。あの独特の薬品の匂い、耳障りなドリルの音、そして何より、確実に訪れる痛み。全てが悪夢の具現化なのだ。
かつて、小さな詰め物が取れたのを「まだ痛くないから大丈夫」と放置した結果、神経にまで達する巨大な虫歯へと進化させてしまった苦い記憶が蘇る。結局、大掛かりな治療をする羽目になり、心身ともに多大なダメージを負ったのだった。
ナギ「潮目さん、またケーブル踏んでますよ。それと、顔色が悪いですが」
背後から、助手のナギが冷静に声をかける。
潮目「ナギ君……聞いてくれよ。悪魔が、僕の口の中でまたパーティーを始めたがってるんだ……」
ナギ「虫歯ですか。早く歯医者の予約を取ることを推奨します」
潮目「いやだ!絶対いやだ!歯医者だけは!あの場所は現代の拷問施設だよ!」
本気で嫌がる潮目を見て、ナギは静かにため息をついた。
銀色の希望
ナギ「……仕方ありませんね。そんなに歯を削られるのが嫌なら、こんなデータはどうです?」
ナギが手元の端末を操作すると、目の前のモニターに一つの論文が映し出された。
潮目「え? なになに?」
食い入るように画面を覗き込む潮目。そこには、希望の光とも思える文字列が並んでいた。
In this randomized clinical trial, 38% SDF was significantly more effective than placebo for arresting dentin caries lesions in primary teeth in young children with S-ECC, providing a noninvasive treatment for young high-risk children and supporting its consideration for FDA drug approval.
(このランダム化比較臨床試験において、38%フッ化ジアンミン銀(SDF)は、重度の早期幼児期う蝕(S-ECC)を持つ幼児の乳歯における象牙質う蝕病変の進行停止において、プラセボよりも有意に効果的であり、ハイリスクの幼児に対する非侵襲的な治療法を提供し、米国食品医薬品局(FDA)による医薬品承認の検討を裏付けるものである。)
出典: Efficacy of Silver Diamine Fluoride on Young Children With Severe Early Childhood Caries : JAMA Pediatrics (配信元: JAMA Network)
潮目「フッ化ジアンミン銀……SDF? これが虫歯の進行を止めるってこと!?」
潮目の声が興奮で上ずる。
ナギ「ええ。しかも、重要なのはその治療方法です。こちらの解説が分かりやすいでしょう」
ナギが、すかさず別のデータを表示する。
The treatment can stop decay without drilling, injections, or sedation.
(その治療は、削ること、注射、鎮静剤なしで虫歯の進行を止めることができる。)
出典: Scientists find a simple way to stop cavities without drilling : University of Michigan (配信元: ScienceDaily)
潮目「け、削らない!? 注射もない!?」
潮目はガタッと椅子から立ち上がった。
潮目「神か! ナギ君、君は神の使いだったのか!」
ナギ「私はただの助手です。歓喜する前に、データの詳細をきちんと観測してください」
ナギはどこまでもクールだった。
未来の観測機材と銀の盾
潮目「いやはや、素晴らしいデータです! SDFを塗るだけで虫歯の進行が止まるなんて!」
潮目のテンションは最高潮に達していた。
潮目「これはもう、銀の力で虫歯菌を分子レベルで殲滅する、ナノマシン兵器みたいなものですよね!? 口の中に特殊部隊を送り込むようなもんだ!」
ナギ「SF的な飛躍が過ぎます。銀イオンの持つ高い抗菌作用と、フッ化物による歯の再石灰化促進作用を組み合わせたものです。兵器ではありません」
ナギの冷静なツッコミが、潮目の暴走する妄想にブレーキをかける。
潮目「そ、そうか……。でもすごいことには変わりない! これ、何かデメリットはないの?」
ナギ「報告によれば、SDFを塗布したう蝕部分は黒く変色するそうです。審美的な問題は残りますね」
潮目「黒く! それはちょっと……銀歯みたいになるのかな。でも、あのドリルの痛みに比べれば些細な問題だ!」
ひとしきり自分の歯の問題で盛り上がった後、潮目の知的なスイッチが入った。
潮目「待てよ……このSDFの技術、応用できませんかね?」
ナギ「と言いますと?」
潮目「僕らがフィールドで使っている精密な観測機材、特に湿度の高いジャングルとかに設置するセンサー類は、カビや細菌の繁殖で精度が落ちることがあるじゃないですか。あのセンサーの表面に、このSDFを応用したコーティングを施せばどうでしょう!?」
潮目の目が少年のように輝く。
ナギ「なるほど。銀イオンによる抗菌コーティングで、過酷な環境下でもセンサーの清浄度を保ち、観測データの信頼性を上げる……と。腐食性の問題をクリアできれば、面白い試みかもしれませんね」
潮目「ですよね! まさに『銀の盾』だ! ラボトロニカの観測機材が、また一歩未来に進むぞ!」
二人がガジェット開発の妄想で盛り上がっていると、ふわりと高級な香水の匂いがした。いつの間にか、背後に白波所長が立っていた。
白波所長「あなたたち、随分と楽しそうね」
潮目「しょ、所長!」
ナギ「ボス……」
ラボの空気が、一瞬で氷点下に達した。
完璧なる歯を持つ者
白波所長「歯のデータで盛り上がっていたようだけれど、潮目、また歯医者をサボっているの?」
氷のように冷たい視線が潮目を射抜く。
潮目「い、いえ! その、予防的な知識をですね……」
しどろもどろになる潮目を無視して、ナギがふと、所長の口元に視線を向けた。
ナギ「ところでボス。大変失礼ながら、歯並びがとてもお綺麗ですね」
唐突なナギの言葉に、潮目も「え?」と所長の顔を見る。ライトに照らされたその歯は、寸分の狂いもなく並び、非の打ち所がないほどに白く輝いていた。
白波所長「そういえば、そうね」
白波所長は、静かに、そして完璧に整った唇の端を上げて微笑んだ。
白波所長「虫歯になど、生まれた時から一度もなったことがないわ。歯列矯正もしたことはない」
その言葉を聞いた瞬間、潮目とナギの思考は完全に一致した。
(((パーフェクト超人……!)))
美貌も、頭脳も、そして歯までもが完璧。この人の前では、どんなデータも霞んで見える。潮目は自分の疼く奥歯のことなどすっかり忘れ、ただただ圧倒されるのだった。
