UNKN_LEVEL: ★☆☆:日常

外来植物を食べた蝶は、恋のシグナルを見失うらしい

外来植物を食べた蝶は、恋のシグナルを見失うらしい
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汗と泥と、セイタカアワダチソウ

「はぁ……っ、はぁ……!」

ラボの周りに広がる空き地で、ナギが機械的な正確さで鎌を振るっていた。しかしその額には汗が光り、息も少し上がっている。

「潮目さん……このセイタカアワダチソウ、倒しても倒しても終わりが見えません」

「ご、ごめんナギ君! いやはや、僕のこの指さえ無事だったら……! い、痛っ!」

潮目は情けなく突き指した両手をさすりながら、日陰でうめいた。先日、観測機材のケーブルに盛大に足を引っかけた際に、見事にやってしまったのだ。

「コーヒーカップすら握れない人が、草刈り鎌を握れるわけがないでしょう。黙って見ていてください」

ナギはため息一つで潮目の言い訳を切り捨て、再び黄色い花の群れへと向き直る。

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蝶の恋路を邪魔する外来植物

「それにしても、すごい繁殖力ですよね、セイタカアワダチソウ。彼らも北米原産の『外来種』ですし……」

潮目が何気なく呟くと、ピタリ、とナギの動きが止まった。

「……何か、面白いデータでも見つけたんですか?」

「さすがナギ君! 実は、外来種が生物に与える、ちょっと意外な影響についての論文を見つけたんですよ!」

潮目はすかさずタブレットを取り出し、画面をナギに見せる。

This study provides evidence that alien plants as larval diet can indirectly influence butterfly reproduction.
(本研究は、幼虫の餌としての外来植物が、蝶の繁殖に間接的な影響を与えうるという証拠を提供する。)
出典: Effects of alien host plant on wing coloration and mating behavior of an endangered butterfly : ScienceDirect

「外来植物が、蝶の繁殖に影響を……? どういうことです?」

「餌の種類が外来植物だと、どうやら問題がある、ってことっぽいんですが」

鎌を地面に突き立て、ナギが訝しげに眉をひそめる。

ナギは自身の端末を操作し、更に情報を調べる。

「ふむ、なるほど」

潮目のタブレットに転送してきた。

「もっと具体的に言うと、こうなるみたいですよ」

オスは外来植物で飼育した個体よりも、在来植物で飼育した個体に対して有意に多く接触し、強い配偶行動を示すことが明らかになりました。
出典: 外来種の植物を食べたチョウはモテなくなる?繁殖における外来植物の予期せぬ影響を解明 : 大阪公立大学

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

見えない光が、愛の言葉

「なるほど! つまり、幼虫の時に外来の草を食べたメスの蝶は、オスの蝶からモテなくなるってことですか!」

「……端的に言えば、そういうことになりますね」

「なんでまた? グルメじゃない草を食べて育ったから、翅の柄が悪くなるとか?」

ナギは汗を拭い、呆れたように首を振る。

「潮目さん。人間の目には些細な違いにしか見えなくても、彼らは紫外線領域の反射を敏感に感じ取っている可能性があるんです」

「紫外線! まるで宇宙人が、僕らには見えない特殊な光で交信してるみたいじゃないですか! 熱い!」

潮目が興奮して立ち上がろうとすると、突き指がズキリと痛んだ。

「……飛躍しすぎです。幼虫時代に食べた植物の成分が、翅の鱗粉に含まれる色素や構造に影響を与えた。結果として紫外線反射率が変わり、オスにとって魅力的な『シグナル』が失われた、という現実的な話ですよ」

「でも、その見えないシグナルを検知するってすごくないですか? この技術、ラボの観測ドローンに応用できませんかね? 人間には不可視のマーカーを風景に付けておいて、ドローンだけがそれを認識して自動航行するとか!」

「……それは、少し興味深いですね。観測対象を刺激せずに、個体識別情報を付与できるかもしれません。検討の価値はあります」

ナギの目が、少しだけ研究者のそれになった。


たまには言葉も、必要です

議論が一段落すると、ナギは再び鎌を手に取った。

「いやー、面白いデータでした! さて、僕は冷たいお茶でも……いててて!」

潮目が軽口を叩きながら立ち上がった、その時だった。

ナギが汗まみれの顔でじっと潮目を見つめていた。その瞳には、いつもの辛辣さとは違う色が浮かんでいる。

「……潮目さん」

「は、はい?」

「私も、一応は女性人格として設計されているんですが」

静かな、しかし確かな重みのある声だった。

「たまには、『お疲れ様』の一言と、冷たい飲み物の一つでも差し入れてくれてもいいんですよ?」

潮目は一瞬、思考が停止した。

「えっ、あ、ご、ごめんナギ君! もちろんだよ! すぐにキンキンに冷えたやつ、持ってくる!」

慌ててラボに駆け込む僕の背後で、ナギの口元がほんの少しだけ緩んだのを、潮目は見逃していた。

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK
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