【思春期の片思い、モテる人の科学的条件とは?】|片思いのアルゴリズム、あるいは教室の隅で見る夢

昼下がりの甘酸っぱいデータ
ラボの昼休み。潮目はいつになく真剣な眼差しで、手元のタブレットにかじりついていた。
その画面に映し出されているのは、複雑な数式でも、衛星データでもない。以前、親戚の家に遊びに行った際、中学生の子が夢中になっていたという、幼馴染同士の恋愛漫画だった。
潮目「いやはや……いい!実にいいですね、このすれ違い!」
潮目は誰に言うでもなく、一人うんうんと頷いている。
潮目「お互い好きなのに、意地を張って素直になれないこの感じ! 甘酸っぱい! これぞ青春の醍醐味ですよね!」
うっとりと呟く潮目の背後から、すっと影が差した。
ナギ「潮目さん。また非科学的なものに現実逃避していますね」
潮目「うわっ!? な、ナギ君! いつの間に後ろに!?」
振り返ると、マグカップを片手にしたナギが、無表情で潮目のタブレットを覗き込んでいた。
ナギ「『甘酸っぱい青春の片思い』ですか。なるほど、潮目さんの脳内は今、糖度が高い状態にあると」
潮目「ち、違うんです! これは純粋な人間ドラマの観測というか、その…! この報われないかもしれないけど、一途に想い続ける純粋さ! データ化できない感情の機微! これこそが人間の…」
ナギ「その『データ化できない感情の機微』ですが」
ナギは潮目の熱弁を遮り、淡々と続けた。
ナギ「ある程度は、データで説明できるかもしれませんよ」
片思いを加速させる意外な要素
潮目「えっ、嘘でしょ!? あの純粋な想いが、データで説明できるなんて……そんな夢のない!」
潮目は漫画の主人公に自分を重ねていたのか、心底がっかりしたような声を上げた。
ナギ「夢があるかないかはさておき、面白い論文があります。思春期の若者が、どういう相手に好意を抱きやすいのかを調査したデータです」
ナギがそう言って自身の端末を操作すると、潮目のモニターに一本の論文が表示された。
Results showed that adolescents were more likely to be fancied if they were considered popular and had more friendship connections. Physical aggression also increased the likelihood of being fancied.
(結果として、人気があると思われ、友人関係が広い思春期の若者は、より好意を寄せられやすいことが示された。身体的攻撃性もまた、好意を寄せられる可能性を高めていた。)
出典: Who Fancies Whom? Investigating Adolescent Romantic Interests : Journal of Social and Personal Relationships
潮目「なっ……!?」
潮目は論文の一文を読んで、目を丸くした。
潮目「人気者で友達が多い人がモテるのは分かります! でも、『身体的攻撃性』も好意の対象に!? いわゆる、ちょっとワルで不良っぽい人がモテるって、科学的にも証明されてたんですか!?」
ナギ「あくまで相関関係ですが、その傾向が示唆されていますね。潮目さんが読んでいた漫画の主人公は、物静かで優しいタイプでは?」
潮目「そうですよ! 喧嘩なんて一度もしたことない、というわけでもないけど、とにかく心優しい草食系男子なのに!」
ナギ「だとすると、彼は統計的には少し不利な立場にいるのかもしれません。そして、その『片思い』という行為自体にも、こんな分析があります」
ナギはすかさず、もう一つのデータを提示した。
Because they tend to be intense but unreciprocated, they allow young people to explore attraction without necessarily entering a formal relationship.
出典: Who do teens crush on? A new study reveals the social math of adolescent attraction : PsyPost
潮目「なるほど……片思いは、強烈だけど報われないことが多いからこそ、若者がちゃんとした関係に入る前に『魅力』とは何かを探求する、練習期間のような役割を果たしている、と……」
潮目は唸りながら、深く腕を組んだ。
ナギ「つまり、ただ甘酸っぱいだけじゃなくて、もっと生存戦略的な意味合いがあったんですね……」
恋心のアルゴリズムと超越者
潮目「待ってください、ナギ君!」
突然、潮目が何か閃いたように顔を上げた。
潮目「この『人気』や『攻撃性』が魅力になるって、結局は生物としての本能じゃないですか? 集団の中で優位に立つ個体、外敵から身を守れる強い個体に惹かれるっていう! これはもう、目に見えない特殊なフェロモンか何かが関係しているに違いありません!」
ナギ「潮目さん、また話が飛躍しています。フェロモンというよりは、社会心理学的な要因でしょう。集団内での地位や影響力が、生存における有利さとして認識され、それが魅力に変換されているという解釈の方が現実的です」
潮目「でも、ロマンがなくないですか!?」
ナギ「データにロマンを求めるのが、あなたの悪い癖ですよ」
二人がいつものように議論を始めた、その時だった。
カツン、と静かなラボに硬質なヒールの音が響く。その音だけで、潮目とナギは背筋を伸ばし、凍りついた。
白波所長「……くだらない議論ね」
凛とした、氷のように冷たい声。ただしいつもより感情が混じっているのは気のせいではなさそうだ。
振り返るまでもない。ラボの最高責任者、白波所長の登場だった。
潮目「所長! お疲れ様でます!」
ナギ「ボス。お疲れ様です」
白波所長は、二人の慌てふためく様子など意にも介さず、潮目のモニターを一瞥した。
白波所長「思春期の恋愛行動? そんな表層的なデータで、人間の魅力の本質がわかるとでも思っているの?」
潮目「は、はい! その、人気者で少し攻撃的な方がモテるというデータが…」
白波所長「ノイズね。そんなものはただのノイズよ。本当に重要なファクターは、そんな単純なものじゃないわ」
そう言って、所長は意味深に微笑んだ。その圧倒的なオーラに、潮目は完全に気圧されている。
そんな中、ナギが冷静に、しかし大胆な質問を投げかけた。
ナギ「ボスは学生時代、さぞ人気者だったのでしょうね。このデータに従えば、引く手数多だったのでは?」
その質問に、潮目は内心(ナギ君、チャレンジャーすぎる!)と叫んだ。
白波所長は、やれやれといった風に軽くため息をつき、静かに答えた。
白波所長「くだらない」
観測不能なカリスマ
潮目とナギは、所長の一言で完全に沈黙した。
空気が凍りついたラボの中、白波所長は窓の外を見ながら、つまらなそうに続けた。
白波所長「私が好意を寄せられた相手? ……そうね」
一瞬の間。潮目はゴクリと唾をのんだ。
白波所長「ほとんどが、同性だったわ」
潮目「…………え?」
ナギ「…………は?」
潮目とナギの声が、綺麗にハモった。
白波所長「私の魅力は、性別という、あなたたちが囚われている古いパラダイムを超越するみたい。覚えておきなさい」
そう言い残し、白波所長は再びヒールを鳴らして、嵐のように去っていった。
なにごとかつぶやいていたようだが、二人の耳には届かなかった。
残されたのは、呆然と立ち尽くす潮目とナギ
潮目「くだらないって、そういう……。けど、なんか分かる気がする……」
潮目が力なく呟くと、隣でナギが無表情のままキーボードを叩き始めた。
ナギ「新規観測対象『超越的カリスマ』の項目をデータベースに作成します」
ラボの昼休みは、甘酸っぱい青春の香りから、観測不能な神話の香りに塗り替えられていた。
