眠れる竜の再起動か。鬼界カルデラ直下に潜む「地球の心臓」
優雅なる来訪者
ラボの空気はよどんでいた。徹夜明けのコーヒーの香りと、冷却ファンの低い唸り声だけが満ちている。
潮目「うーん……このノイズ、どうにも取りきれないなあ……」
ナギ「潮目さん3時間前から同じこと言ってますよ。そろそろ仮眠を取っては」
潮目「いや、もう一息なんだ! このデータの向こうにまだ見ぬ風景が……うわっ!」
ガシャン! けたたましい音を立てて、潮目がケーブルに足を引っかけて派手に転んだ。
ナギ「……またですか。いい加減、無線化の稟議書を提出してください」
カツン、カツン……。
その時、静かなラボに不似合いな、硬質なヒールの音が響き渡った。
潮目「え?」
ナギ「この足音……まさか」
ゆっくりと開くドアの向こうに立っていたのは、長い黒髪を揺らし、完璧なスタイルでリゾートワンピースを着こなす絶世の美女。
白波所長だった。
潮目&ナギ「しょ、所長っ!?」
潮目は飛び起き、ナギは直立不動になる。空気は一瞬で凍りついた。
白波「あら、二人とも元気そうね。休暇、楽しませてもらったわ」
所長は優雅に微笑むと、手に持っていた紙袋を無造生にデスクに置いた。
白波「あなたたちの退屈なレポートより、よっぽど目が覚めるものを持ってきたわよ」
潮目が紙袋に目をやると、
白波「そっちでなくて、こっちよ」
所長は日焼けした美しい指先で端末を操作し、メインモニターに一つのデータを叩きつけた。
地球が溜め込む、桁違いの熱量
潮目「こ、これは……地震波の探査データ?」
白波「南の島で寝転がっている間も、地球は休んでくれないの。これを見なさい」
Our seismic refraction survey revealed a low-velocity anomaly directly beneath the Kikai Caldera Volcano, indicating the existence of a large magma reservoir at a shallow depth of 2.5–6 km.
(我々の地震波屈折法探査により、鬼界カルデラ火山の直下に低速度異常が明らかになり、深さ2.5~6kmの浅部に巨大なマグマだまりが存在することが示された。)
出典: Melt re-injection into large magma reservoir after giant caldera eruption at Kikai Caldera Volcano
潮目「鬼界カルデラの直下に……巨大なマグマだまりですって!? しかも浅い! うおおお、地球は生きているんですね!」
目を輝かせ身を乗り出す潮目。
その横で、ナギが冷静に自分の端末で関連情報を検索していた。
ナギ「ボス。こちらのニュースが、状況をより分かりやすく伝えています」
Scientists have discovered that the magma reservoir tied to the largest volcanic eruption of the Holocene is filling again. The finding, led by Kobe University researchers studying Japan's Kikai caldera, offers new insight into how massive caldera systems such as Yellowstone and Toba evolve over time and may help improve future eruption forecasting.
出典: ScienceDaily(One of Earth’s most explosive supervolcanoes is recharging)
潮目「ホロシーン最大の噴火を起こした火山が……『再充填』されている!?」
ナギ「ええ。記事によると、巨大なカルデラ噴火はニューヨークのセントラルパークを12kmの厚さで埋め尽くすほどのエネルギーを持つとか。それが、また溜まり始めている、と」
潮目「12キロ……想像もつかない……! まるで、眠れる竜の心臓が再び鼓動を始めたみたいじゃないか!」
その鼓動を、この手で観測できたら
潮目の興奮は最高潮に達していた。
潮目「これはもう、地底人の巨大な地下都市のエネルギー炉ですよ! 僕らの知らない文明が、地球の奥深くで息づいている証拠なんです!」
ナギ「残念ながら、地底人ではなくプレートの沈み込みによって供給されるマグマです。ロマンではなく、泥臭い地球科学ですよ、潮目さん」
潮目「ぐっ……! でも、でもですよナギ君! このエネルギーを、僕らの手で観測できるかもしれないんだ!」
ナギ「……と、言いますと?」
潮目「もし、この巨大マグマだまりの微細な活動をリアルタイムで捉える超高感度センサーが開発できたら……?」
ナギ「……なるほど。地殻変動や温度変化、ガス成分の組成を統合的にモニタリングするシステムですね」
潮目「そう! それをラボトロニカの次世代観測ドローンに搭載するんだ! 鬼界カルデラの上空から、竜の寝息を直接聞きに行くんです!」
ナギ「火山噴火の兆候を、これまでにない精度で予測できるかもしれませんね。実現すれば、多くの人命を救える。……悪くないプランです」
二人の目が、久しぶりに同じ方向を向いて輝いた。
地球一周のお土産
白波「……話はまとまったかしら」
いつの間にか、所長は優雅にティーカップを傾けていた。どこから出したのか。
潮目「はっ! すみません! つい興奮して……!」
ふと、潮目はデスクに置かれた紙袋に気づいた。
潮目「そういえば所長、これがお土産ですか? 南の島ってことは、やっぱりちんすこうとか……?」
ナギ「ボスは甘いものより、塩気のあるものを好む傾向にありますが」
所長は答えず、ただ微笑むだけだ。潮目がワクワクしながら袋を開ける。
中から出てきたのは、鮮やかなパッケージの……。
潮目「じゃがポックル?」
ナギ「北海道土産ですね」
潮目「えっ、でも、南の島に……?」
ラボに、奇妙な沈黙が流れる。
ナギが静かに口を開いた。
ナギ「仮説ですが。ボスは南の島からバカンスをスタートし、そのまま東回りに太平洋を横断。北米大陸を越え、北極海航路を抜けて、シベリアから北海道に立ち寄り、日本に戻ってきたのではないでしょうか」
潮目「地球一周してるじゃないですか!?」
ナギ「その方が、偏西風の影響を考慮すると燃料効率が良かったのかもしれません」
潮目「いやいや、まさか! ですよね、所長!?」
助けを求めるように潮目が見つめる先で、白波所長はくすりと笑った。
白波「……案外、そうかも知れないわね」
彼女は謎めいた言葉だけを残すと、再びヒールを鳴らし、嵐のように去っていった。
残されたのは巨大火山のデータと、北海道土産のじゃがポックルだった。