宇宙の灯台守、パルサーが拓くGPS不要の未来航路
深夜三時、星屑のささやき
静寂。
ラボのメインルームは、サーバーの低いハミングと、時折またたくLEDの光だけが支配していた。
助手・ナギは、観測ドローンのメンテナンスアームを調整しながら、静かに息をつく。
その視線の先には、コンソールの前で船を漕ぐ研究員の姿。
「潮目さん、またそこで寝落ちですか」
「ん……むにゃ……いやはや、素晴らしい……カニクリームコロッケ……」
「夢の中でも食いしん坊ですね。それより、面白いシグナルが入っていますよ。叩き起こすには丁度いいデータです」
そう言ってナギがコンソールをタップすると、潮目の目の前のモニターに、宇宙から届いたばかりの観測ログが鮮やかに映し出された。
「うわっ!? な、なんだ!? ……このパルスは……まさか!」
ガバッと上半身を跳ね起こした潮目は、眠気など一瞬で吹き飛んだかのように、画面に食らいついた。
漆黒の海を照らす、宇宙の灯台
「この規則正しいリズム! まるで宇宙人の文明が発する電波の洪水!? ナギ君、これは一体どこの深宇宙から……?」
「かに星雲ですよ。6500光年先からです。ラボの提携衛星『NinjaSat』が捉えた、かにパルサーのX線データですね」
「え、あ、ああ、かにパルサーか。 あの超新星爆発の残骸……。 で、このデータは何を検証してるんだい?」
少しだけ残念そうな潮目。
「潮目さんが半年前に調べていた『パルサー航法』の精度検証ですよ。忘れたんですか」
ナギは呆れたように、論文の引用データをモニターに転送した。
Using this method with NinjaSat data, we estimated its orbital parameters and verified their positional accuracy. During 8 days observation of the Crab Pulsar with an exposure time of 8×105 sec, we confirmed that its positional accuracy was within 152 km in three-dimensional Euclidean norm, and 19 km along the line of sight to the pulsar, compared with GPS data.
(この手法をNinjaSatデータに用いて、その軌道パラメータを推定し、位置精度を検証した。かにパルサーを8日間、8×10^5秒の露光時間で観測した結果、GPSデータと比較して、その位置精度が3次元ユークリッドノルムで152km以内、パルサーへの視線方向に沿っては19km以内であることが確認された。)
出典: Verification of timing measurement and demonstration of pulsar-based navigation with the CubeSat x-ray observatory NinjaSat
「誤差19km……だと……? 6500光年彼方の天体を使って、衛星の位置をこの精度で!? やるな、とんでもないデータです!」
「ええ。宇宙スケールで考えれば驚異的な精度と言えます。理化学研究所も将来性についてコメントを出していますよ」
本研究成果は、GPSに依存しない宇宙航法を可能にする技術であり、太陽系外を含む遠方宇宙の探査や、GPSが利用できない環境下での自律的な宇宙航行への応用が期待されます。
出典: 理化学研究所 プレスリリース
深宇宙と深海を繋ぐ糸
「GPSに依存しない……! そうか! つまりこれは、人類が太陽系の外へ飛び出すための『宇宙灯台』なんだ! 遥か未来、星々を旅する宇宙船は、このパルサーの光を頼りに自分の位置を知る……なんてロマンチックなんだ!」
「灯台、ですか。まあ、天然の超高精度な時計を道標にするわけですから、比喩としては正しいですね」
「いや、比喩なんかじゃない! これはきっと、超古代宇宙文明が我々のような未熟な種族のために残してくれた道標なんだよ! パルサーの光は、彼らからの『こっちへおいで』というメッセージなんだ!」
「残念ながら、パルサーはただ高速で自転している中性子星です。宇宙人の意図は介在しません。それより潮目さん、この技術、もっと身近な場所でも役立つと思いませんか?」
「え? 身近な場所?」
「はい。GPSが利用できない環境下での自律航行、とありますよね」
「う、うん。深宇宙とか……」
「私たちの足元にもありますよ。GPS電波が届かない場所が」
そう言われて、潮目はハッとした顔で、ナギが整備している機材に目を向けた。それは、ラボトロニカが所有する自律型の深海探査ドローンだった。
「まさか……深海か!」
「その通りです。光も電波も届かない漆黒の深海で、もしこのパルサー航法を応用できたら? もちろんX線は海水に阻まれるので別の媒体を探す必要はありますが、原理的には可能です」
「深海探査ドローンが、宇宙の星を頼りに自分の位置を知る……! なんてことだ! 深宇宙と深海が、この技術で繋がるなんて! すぐにでもプロトタイプを開発しよう!」
「ちなみに、今回のNinjaSatは高精度な時計を積んでいなかったので、時刻情報だけはGPSに頼ったそうです。完全な自律航法までは、まだ少し課題が残っていますけどね」
「それでも素晴らしい一歩だよ! いやはや、最高のデータだ!」
夜空を見上げて
「ありがとう、ナギ君。おかげで最高のインスピレーションが湧いてきたよ」
「どういたしまして。たまには役に立つデータを提示しないと、ボスに怒られますから」
興奮冷めやらぬ潮目に促され、二人はラボの屋上へと続く階段を上った。
ひんやりとした夜風が頬を撫でる。満天の星が、まるで手の届きそうな距離で瞬いていた。
「あの光の一つ一つが、未来の道標になるかもしれないんだな」
「ええ。データはいつも、私たちが進むべき道を静かに示してくれます」
遠い宇宙の灯台守に思いを馳せながら、二人は言葉もなく、ただ静かに星屑が降り注ぐ夜空を見上げていた。
「赤い彗星...」
「ん?なにか言ったかいナギくん?」
「いえいえ」