【空気清浄機で集中力アップ?HEPAフィルターの効果とは】|淀んだ空気と舞い踊るブレードの狂詩曲

淀んだ空気は、思考の澱み
ラボに鈍い音が響き渡った。
潮目「ぐはっ!」
集中力のお化けと称される潮目だが、彼もまた人の子である。連日の観測で疲労が溜まっていたのか、何もないはずの床で盛大に足をもつれさせ、前のめりに倒れた。
ナギ「潮目さん、大丈夫ですか。見事な転びっぷりでしたが」
いつもなら辛辣なツッコミを入れるナギも、さすがに心配そうな顔で駆け寄る。
潮目はゆっくりと顔を上げた。ティッシュで鼻を抑えながら、どこか腑に落ちないといった表情で呟く。
潮目「いや…ナギ君、なんだか今日のラボ、いつもと空気が違って淀んでる気がするんだよなあ…」
その言葉に、ナギはふと壁際の空気清浄機に目をやった。運転ランプはついている。しかし、吸気口に手をかざしたナギは、静かに首を振った。
ナギ「…潮目さん。これ、フィルターがホコリで完全に目詰まりしてますね。最後に掃除したのはいつです?」
潮目が記憶を手繰るより早く、背後から冷たくも美しい声が響いた。
白波「その程度のことで転ぶなんて、たるんでいるんじゃないの、潮目」
潮目「しょ、所長!」
ナギ「ボス…いつの間に」
いつからそこにいたのか。白波所長が腕を組んで二人を見下ろしていた。一部始終を聞いていたらしい。
潮目は鼻血を抑えたまま、必死に言い訳をする。
潮目「これはその、ラボの空気がですね! 思考のクリアさに直結するというか! このままではラボの生産性が!」
白波「ふぅん。面白いじゃない」
所長は口の端に微かな笑みを浮かべた。
白波「あなたのその理屈が正しいか、証明してみなさい。あなた発案の空気清浄機、自作を許可するわ」
データが示す、空気と脳の関係
所長の許可を得た潮目は、水を得た魚のようだった。早速、自作空気清浄機の理論的根拠を探し始める。
潮目「見てくださいナギ君! やっぱり空気が綺麗だと、脳のパフォーマンスも上がるんですよ!」
ナギ「また随分と都合の良いデータを…」
潮目が興奮気味にモニターを指差す。
Participants 40 years or older with HEPA filtration completed Part B 12% significantly faster than participants who had experienced sham filtration (54.0 versus 61.4 s, ratio of means = 0.88, p = 0.02).
(40歳以上の参加者は、HEPAフィルターを使用した場合、偽のフィルターを経験した参加者と比較して、Part Bを12%有意に速く完了した(54.0秒対61.4秒、平均値の比=0.88、p=0.02)。)
出典: Effect of HEPA filtration air purifiers on cognitive function from a secondary outcome analysis of a pragmatic randomized crossover trial : Scientific Reports (配信元: nature.com)
潮目「ほら! HEPAフィルターがあるだけで、認知機能テストの結果が12%も速くなるんですよ! これはもう、ラボの全機材を売り払ってでも導入すべきです!」
ナギ「落ち着いてください。その効果について、こちらの記事が冷静な補足をしています」
ナギは自分の端末を操作し、別のデータを表示させた。
This improvement may seem small, but it is similar to the cognitive benefits that people experience from increasing their daily exercise.
(この改善は小さく見えるかもしれませんが、人々が日々の運動を増やすことで経験する認知的な利益と同様のものです。)
出典: HEPA air purifiers may boost brain function after just one month : The Conversation (配信元: ScienceDaily)
ナギ「『日常的な運動から得られる認知的な利益と同様』だそうです。劇的な変化というより、健康的な習慣の一つ、というレベルですね」
ナギからのワンポイント解説
- 処理速度が12%向上
40歳以上の参加者を対象としたランダム化交差試験において、HEPA空気清浄機の使用により認知機能テストの完了速度が12%有意に向上した。
- 日常的な運動と同等のメリット
この認知機能の改善幅は、人々が日常的な運動量を増やした際に得られる脳への良い影響と同等レベルである。
- 空気浄化による脳の保護
劇的な変化というよりも、室内の微小粒子を清浄化することが運動習慣のように脳の実行機能を保護・維持する手軽な手段となる。
潮目「それでもすごいじゃないか! ラボに引きこもりがちな僕らにとっては、座ってるだけで運動するのと同じ効果が得られるってことだろ!」
ナギ「…その理屈はおかしいですが、モチベーションが高いのは良いことです」
ジェットエンジンと嵐の夜
開発の許可と理論的裏付けを得た潮目の創造力は、常軌を逸し始めた。
潮目「よし! どうせ作るなら世界最強を目指そう! ジェットエンジンのタービンを改造して、このラボの空気を3秒で入れ替える『サイクロン・ピュリファイア・マークワン』を開発するぞ!」
ナギ「確実にラボの天井が吹き飛びますし、私たちの観測機材もすべて吹き飛びます。却下です」
潮目「むう…じゃあ、このHEPAフィルターの原理を応用して、フィールド観測中に有害な粒子状物質から僕らを守る『パーソナル・エア・シールド』っていうのはどうかな!」
潮目の目がキラキラと輝く。
ナギ「パーソナル・エア・シールド…」
ナギは少し考え込むと、意外にも肯定的な反応を見せた。
ナギ「それは少し興味がありますね。小型ドローンに清浄ユニットを搭載して、潮目さんの周囲に常にクリーンな空気のドームを形成する…。あなたの原因不明のくしゃみや、謎の転倒が減るかもしれません」
潮目「それだ! まずは今回の試作機で、その圧倒的なパワーを所長に見せつけないと!」
二人の妄想は、ラボの片隅で静かに熱を帯びていく。
天井に咲いた、一輪のブレード
そして数日後。
ラボの中央には、ドラム缶を改造したような、無骨で禍々しいオーラを放つ機械が鎮座していた。
潮目「見てください! 名付けて『HEPAイノベイターMk-I』! ラボの空気を根こそぎ浄化します! スイッチ、オン!」
潮目が意気揚々と赤いボタンを押した瞬間。
ゴオオオオオオオオッ!
試作機は地響きのような轟音を立て、激しく振動し始めた。まるで巨大な蜂の巣を突いたかのような、不穏な唸り声だ。
潮目「お、おお…? ちょっとパワーを上げすぎたか…?」
ナギ「潮目さん、伏せて!」
ナギの叫びと同時だった。
「ガギィィン!」
甲高い金属音と共に、試作機の側面が弾け飛んだ。中から銀色の何かが凄まじい勢いで射出され、放物線を描いて天井に突き刺さる。
シーンと静まり返ったラボで、天井からぶら下がる金属片が、悲しげに揺れていた。高速回転していたファンのブレードだった。
潮目「あわわ…モーターのトルクを強化しすぎたせいで、ブレードの材質が遠心力に耐えられなかったみたいだ…」
ナギ「想定通りの結末ですね」
呆然とする二人がふと部屋の隅に目をやると、そこにはいつの間にか、試運転の見学に来ていた白波所長の姿があった。
しかし、その出で立ちは異様だった。なぜか全身をアラミド繊維のプロテクターで固め、頭にはフルフェイスのヘルメットを装着している。明らかに、この事態を予期していたとしか思えない完全防備だ。
ヘルメットのシールドを上げた所長は、静かに、そして冷たく言い放った。
白波「…潮目。設計図の再提出と、その天井の修理代の見積もり。30分後までに私のデスクへ」
