【日本の満員電車でバットマン効果は起きるのか?】|鳴瀬、初登場! サイコガンと電車内、都市の沈黙に潜む境界線
UNKN_LEVEL: ★★★:完全な未知

【日本の満員電車でバットマン効果は起きるのか?】|鳴瀬、初登場! サイコガンと電車内、都市の沈黙に潜む境界線

あらすじ

なぜ人は異変を無視するのか?コブラの衣装で挑む都市心理実験と、ラボトロニカに現れた新たな助っ人の記録。

赤いボディスーツと、見慣れぬ助っ人

ラボトロニカの観測室に、重苦しい沈黙が立ち込めていた。

作業デスクの上には、真紅のタイトな全身スーツと、左腕に装着する異様な光沢を放つ筒状のパーツが転がっている。

潮目は頭を抱え、深いため息をついた。

潮目

ナギ君、僕は研究者であって、銀河を駆ける宇宙海賊じゃないんですよ……

ナギ

ですが潮目さん、これは正式に受理されたアーバン・インサイトからの委託業務です。逃げ場はありません

潮目

そもそも、なぜ白波所長があの黒石所長の案件を丸呑みしたんですか!? あの二人が手を組むなんて天変地異ですよ!

白波所長が内緒でラボに持ち込んだ私物の冷凍庫。それが停止したのに気づかず、オキアミコマセを腐らせ、ラボを壊滅的異臭で包んだバイオハザード事件。

漏電遮断器の誤作動と透過する悪臭!雷サージが招いたバイオハザード【前編】

漏電遮断器の誤作動と透過する悪臭!特級呪物と化した白物家電【後編】

そのスキャンダルを黒石に揉み消してもらった巨大な借りの存在を、潮目もナギも、まだ知らない。

ナギ

大人の事情というものらしいですよ。それより問題は観測体制です

潮目

そう! コスプレして電車に乗る人間と、それを遠巻きに観測・記録する人間が最低二人は必要なんです!

ナギ

私は機体構造上、都市部の電車内では目立ちます。ボスが乗れば美人さん登場という意味で、車内の注目が集まります。実験になりませんねえ

潮目

詰んでるじゃないですか!

その時、ラボの頑丈なスライドドアが勢いよく開いた。

鳴瀬

ちわーっす! 東洋環境科学大学2年の鳴瀬です! 今日がバイトの日ですけど、場所って、この部屋で合ってますか!

オーバーサイズのパーカーにダボついたカーゴパンツ、無造作なショートカットの若者が立っていた。

面接は先日、白波所長がやっていた。潮目と会うのは今日が初めてである。

潮目

おお……! 救世主だ! 来てくれたんだね、頼もしい助っ人が!

鳴瀬

あ、自分、力仕事も体力測定も、だいたいなんでもいけます! よろしくお願いします、ええと、潮目先輩!

潮目

頼むぞ鳴瀬君。弟分として頑張ってくれよ!

鳴瀬

おとうとぶん?

潮目

あ、いやいや、信頼という意味での言葉のアヤだよ! とにかくよろしく!

ナギ

んー……

ナギは素早く履歴書データを調べた。鳴瀬はたしかに女子である。見た目は中性的で男子に見えなくもないが。

ナギ

(完全に女子学生ですが。潮目さん、ひょっとして男子と思ってますかね?)

それはそれで面白そうなので、まあいいか、と考えるナギだった。


都市心理学が暴く、異物への沈黙

潮目はホワイトボードにマーカーで乱雑に図を描き始めた。

潮目

鳴瀬君、僕たちがこれから行うのは、都市空間における『予測可能性の破壊』と利他行動の測定だ

鳴瀬

はあ……なんか難しそうっスね。要するに何をするんですか?

ナギ

これを見てください。元となった最新の行動心理学論文です

Passengers were significantly more likely to offer their seat when Batman was present (67.21% vs. 37.66%, OR = 3.393, p < 0.01). Notably, 44% of those who offered their seat in the experimental condition reported not seeing Batman.
(バットマンがいた場合、乗客は有意に席を譲る可能性が高かった(67.21% vs. 37.66%、オッズ比 = 3.393、p < 0.001)。特筆すべきは、実験条件で席を譲った人の44%がバットマンを見ていないと報告したことである。)
出典: Unexpected events and prosocial behavior: the Batman effect : npj Mental Health Research (配信元: nature.com)

鳴瀬

えっ、バットマン!? 電車の中にバットマンがいると、みんな席を譲るようになるんスか!?

潮目

そうなんだよ鳴瀬君! 普段なら37%程度しか席を譲らない空間で、バットマンという強烈な『異物』が存在するだけで、譲る確率が67%まで跳ね上がるんだ!

ナギ

さらに重要なのは、そのメカニズムを解説したこちらのデータです

If 'Batman' appears on the scene, we immediately become more altruistic: in fact, research conducted by psychologists from the Università Cattolica del Sacro Cuore, Milan, shows that the sudden appearance of something unexpected—Batman—disrupts the predictability of everyday life and forces people to be present, breaking free from autopilot.
(「バットマン」が現場に現れると、私たちは即座により利他的になります。実際、ミラノのサクロ・クオーレ・カトリック大学の心理学者による研究は、バットマンという予期せぬ出来事の突然の出現が日常の予測可能性を中断させ、人々を『オートパイロット(自動操縦状態)』から解放し、『今、ここ』に意識を引き戻すことを示しています。)
出典: Unexpected events and prosocial behavior: the Batman effect : Università Cattolica del Sacro Cuore, Milan (配信元: EurekAlert!)

潮目

これだよ! 満員電車の乗客はみんな、スマホを見つめて脳を『オートパイロットモード』にして閉じこもっている。だけどそこに予期せぬ突発事件――バットマンという異物が投げ込まれることで、日常の予測可能性がガツンと破壊されるんだ!

鳴瀬

スマホに集中してボーッとしてる頭が、無理やり『今、ここ』に引き戻されるってことっスか!

潮目

その通り! 覚醒した乗客は自分を取り巻く現実と他人に目を向けるようになり、結果として親切な行動(席譲り)が増加する。しかも面白いのは、席を譲った人の44%は『バットマンを見ていない』と答えた点だ!

ナギ

視覚的に直接認識していなくても、車内全体に広がった『異常な空気感』や周囲の意識の変化を感じ取り、無意識のうちにオートパイロットが解除されているわけですね

REQUISITION_DATA DETECTED

調査を継続するための推奨装備が観測されました。

>> ACCESS_DETAILS

電波とサイコガンの境界線

潮目は熱弁を振るいながら、赤いスーツを指出した。

潮目

そこで選ばれた日本のアイコンが、左腕にサイコガンを持つ男、スペースコブラというわけさ!

鳴瀬

ところでコブラなんてキャラ、誰が選んだんです? まさか白波所長さん?

ナギ

そのまさかです。サブカルや映画方面にディープな知識をお持ちですから。『満員電車の過酷な過密空間に立ち向かえるのは、銀河一不敵で死なない男だけよ』とのことです

鳴瀬

銀河一不敵って……そんな奴、この辺にいるんスか?

潮目

いるさ、ここにひとりな!

潮目はキリッと左腕の筒を構えた。

鳴瀬

ヒューッ! 言ってみたかったヤツっスね! でも先輩、完全に不審者として通報されません?

潮目

大丈夫! 昔、自動車の免許更新で、コブラのコスプレして講習受けてた人を見たことがあるから!

ナギ

何の保証にもなっていません。というか、誰ですかそれは

潮目

まぎれもなくヤツさ。いいかい鳴瀬君! スマホの画面に囚われた都市の人々に、サイコガンという未知の異物で風穴を開け、忘れていた『今、ここにある現実』を取り戻してもらうんだよ!

鳴瀬

なるほど……言ってることはめちゃくちゃっスけど、なんかカッコいい気もしてきました!

ナギ

鳴瀬さん、騙されないでください。この人は調子に乗ると、自分の左腕から本当にサイコガンビームが出ると思い込みますから

潮目

出ないけどね!? そもそも視力0.2の僕はコンタクトも合わなくてね。メガネを外したら乗客の顔すらぼんやりしか見えないんだよ!

そう言って、潮目はメガネを外し、胸元のクロスでレンズを丁寧に拭き始めた。

鳴瀬

えっ、先輩、メガネ外すとそんなに見えてないんスか? ……って、あれ?

ふとメガネを外した潮目の素顔を見た鳴瀬が、ピタリと動きを止めた。

作業灯の斜光に照らし出されたのは、いつものドジで情けない表情からは想像もつかない、驚くほど涼しげで整った目元と、彫りの深い横顔だった。

鳴瀬

(え、ちょっと待って。先輩、メガネ取るとめちゃくちゃ顔整ってない?)

ドクン、と胸が跳ねる音を鳴瀬は感じた。

ナギ

鳴瀬さん、機材のセッティングを続けますよ。今の彼の手元には何も見えていませんので

鳴瀬

あ、ハイッ! すみませんナギさん!

潮目

さあ、このサイコガン型小型カメラの録画テストをしよう! 僕たちの観測が、東京の無関心に風穴を開けるんだ!

MISSION_EQUIPMENT: FINAL_CHECK

固い握手と盛大な勘違い

翌日、実験は見事に(そして車内の乗客たちの凄まじい見て見ぬふりと、なぜか激増した席譲りによって)無事に終了した。

夕暮れのラボに戻った潮目は、追跡データを抱えて鳴瀬に向き直った。

潮目

やったね鳴瀬君! 素晴らしい追跡記録だった! 海外でのバットマン実験と、概ね似た傾向のデータが取れたわけだが、もっと回数を重ねてみたいところだね

鳴瀬

ありがとうございます先輩! クリスタルボーイも登場してたら、さらに盛り上がったんですけどね

潮目

ともかく助かった。君は最高の『弟分』だな! こういうフィールドワークも不定期だけどやるから、また来てくれよ!

潮目は満面の笑みを浮かべると、鳴瀬の右手を両手で力強く握りしめた。

鳴瀬

あ、ありがとうございます……! 先輩(……あれ? 『弟分』?)

握られた手から伝わる体温に、鳴瀬の顔が一気に熱くなり、頬を赤く染めながら複雑そうに視線を泳がせた。

ナギ

鳴瀬さんの急激な心拍数上昇を検知。初現場の緊張と、慣れないフィールドワークによる肉体負荷と推定します

鳴瀬

ナギさん、そのへんの分析とか考察とかはノーコメントでお願いします……!

◇

そこへ、冷たい静寂を纏ったヒールの音が廊下に響いた。

白波所長が姿を現し、モニターに映るコブラ姿の潮目の映像を一瞥する。

白波

黒石への提出データは回収できたようね。鳴瀬、よくこんな宇宙のポンコツに付き合ってくれたわ

潮目

ポンコツとは心外です所長! 鳴瀬君と僕の『男の友情』が生んだ奇跡のデータですよ!

白波

……男?

白波所長は足を止め、鳴瀬と潮目を交互にじっと見つめた。

ナギも端末を操作する手を止め、ゆっくりと潮目の方を振り返る。

白波

……潮目。あなた、ひょっとして鳴瀬を『男の子』だと思っているの?

潮目

えっ? 何を言ってるんですか所長、鳴瀬君はどう見ても威勢のいい男子学生――

ナギ

潮目さん。彼女の履歴書の性別欄をよく確認してください。『女』と記載されています

鳴瀬

ええええっ!? 先輩、自分を本気で男だと思ってたんスかー!?

潮目

ええええええええっ!? じ、女子だったのーーーーーっ!?

一瞬の静寂の後、白波所長は「……ふっ」と妖艶に口元を緩め、底知れぬ笑みを浮かべた。

白波

……くすっ、本当に面白いおめでたい頭ね。分かっていたら黙っていたのに、白けてしまったわ

潮目

教えてくださいよ最初からーっ! 僕、さっき両手でガッシリ握手しちゃいましたよ!?セクハラで訴えないで……

鳴瀬

いや自分、そんな地雷みたいなタイプじゃないんで安心してください!

白波は何も答えず、可憐で冷酷な笑みを残したまま、煙のように優雅にラボを去っていった。

取り残された潮目の横で、鳴瀬が小さくため息をつき、ナギは静かにログの保存ボタンを押したのだった。

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