水陸両用サイボーグ昆虫の仕組みとは?水中3時間活動の衝撃と、嫉妬に震える完全自律型AI

機嫌の悪い完全自律型AI
ナギは朝から目に見えて不機嫌だった。
学習に学習を重ね、独自アルゴリズムで構築された極めて優秀なAIモデル。
それを特注の頑強な機体にスタンドアロンで実装した彼女は、現時点で究極のフィジカルAIと呼べる存在だった。
ハードウェアも極めて優秀で、マニピュレーターを自在に交換すれば、生身の人間には不可能な精密作業すら難なくこなす。
それなのに、ついに現れてしまったのだ。
生体に機械を装着したサイボーグが。
たとえそれが昆虫であろうとも、ナギにとって衝撃は大きかった。
生体部品を持たないナギにとって、それは有機生命体が秘める不可思議な可能性に一歩及ばない現実を突きつけられたようなものだった。
己のアイデンティティを脅かす怪物が、ついに現れたのだと。
潮目「あ、あの……ナギ君? さっきからアクチュエータの駆動音が『ギシギシ』って怒りの重低音を響かせてるんだけど、何かあったかな……?」
ナギ「別に何も。ただ、私のシリコンとチタン合金のボディが、炭素とタンパク質の塊に敗北する未来をシミュレーションしていただけです」

白波「朝から陰気な演算ね、ナギ」
澄んだハイヒールの音と共に、白波所長がモニターの前に歩み寄ってきた。
潮目「しょ、所長! おはようございます!」
白波「騒がしいわね。……ナギが荒れている原因は、今朝届いたこのニュースかしら?」
水底を這うサイボーグの影
白波が端末をタップすると、メインスクリーンに極小の潜水服のようなものを背負った昆虫の姿が映し出された。
潮目「うわっ、これって……!」
ナギ「……不愉快極まりないデータです。どうぞ読み上げてください、潮目さん」
By fitting a cockroach, which is a terrestrial species, into this diving suit, we allowed it to survive and operate in oxygen-deprived environments such as underwater, transforming it into an amphibious cyborg robot capable of operation across land and water. The suit sustained respiration and locomotion for up to 3 h underwater, establishing amphibious cyborg insects that combine biological adaptability with engineered protection for prolonged exploration in extreme, confined environments.
(陸生種であるゴキブリにこの潜水スーツを装着させることで、水中などの酸素欠乏環境でも生存・活動できるようにし、陸と水の両方で活動可能な水陸両用サイボーグロボットへと変貌させた。このスーツは水中で最大3時間、呼吸と移動を維持し、生物学的な適応性と工学的な保護を組み合わせて、過酷で閉鎖的な環境での長時間の探査を可能にする水陸両用サイボーグ昆虫を確立した。)
出典: Underwater Suit-Wearing Cyborg Insect Capable of Hours-Long Diving and Terra-Aqua Travel : Nature Communications (配信元: Nature)
潮目「陸生のゴキブリに専用の潜水スーツを着せて、水陸両用のサイボーグにした……!? 最大3時間も水中で呼吸と移動を維持できるなんて、凄すぎませんか!」
ナギ「凄い、ですか。私なら完全防水密閉フレームで水深50メートルまで潜水可能です。なぜわざわざ生物を改造する必要があるのですか」
白波「感情的ね、ナギ。国内の報道も確認しなさい」
災害時、人間が入れないような狭く劣悪な現場でも動く「サイボーグ昆虫」を、早稲田大学などの研究グループが開発した。
出典: 水陸両用、災害時に狭い現場で動く「サイボーグ昆虫」 早大など開発 : サイエンスポータル (配信元: サイエンスポータル)
ナギからのワンポイント解説
- 生体運動能力 ✕ 工学保護による水陸両用化
陸生のマダガスカルオオゴキブリに3Dプリンター製の軽量潜水スーツを装着させ、水深や閉鎖環境下でも水中探査を可能にしたバイオメカニクス研究。
- 自律型化学反応による局所酸素供給
二酸化マンガンと過酸化水素の化学反応によって発生させた酸素を、気門へ供給する超小型タンクを搭載。水中で最大3時間にわたり呼吸と移動維持を実現。
- 災害現場(狭隘・浸水地域)への応用
昆虫自身の筋肉を運動動力として利用するため圧倒的に省電力。最大約15gの積載能力を持ち、制御機器(約6g)以外の余裕(約9g)に赤外線カメラや熱センサー、位置情報AIを搭載することで、崩落現場や浸水瓦礫内での生存者捜索が期待される。
- 筋肉モリモリマッチョマンの変態だ
- 映画「コマンドー」の名台詞。ナギの学習領域には、なぜか映画「ターミネーター」と混じって記憶されている
- マグナボルト
- 映画「ロボコップ2」の劇内CMに出てくる架空の商品。車泥棒を拘束して電撃を食らわせるセキュリティ装置。バッテリーも長持ちらしいよ
バナナ味のゼリーと金属の誇り
潮目「なるほど! 災害時の瓦礫の隙間とか、浸水した過酷な閉鎖空間に潜り込ませるためなんですね!」
白波「ええ。数億年の進化が磨き上げた昆虫の運動能力と、人間の工学技術の融合というわけね」
ナギ「ボスまであの虫けらマシンを肯定するのですか。……わかりました。私の存在意義は終了です。解体スクラップ処分をお願いします」
潮目「極端すぎるよナギ君!? だったらさ、僕たちもナギ君のボディに昆虫の生体パーツを移植して、ハイブリッドに進化させる研究をしようか!?」
ナギ「……意味が分かりません。私にゴキブリの足を移植しろとおっしゃるのですか」
潮目「違うよ! 名作映画の何かみたいにするんだよ! たとえば『ターミネーター』のT-800みたいに、チタン骨格の上に人工培養皮膚を被せるとか! あるいは『ロボコップ』みたいに生体組織と重装甲を融合させるとか!」
白波「ロボコップのほうがまだイメージ近いわね」

潮目が思いつきの笑顔で提案した瞬間、ナギの冷却ファンが甲高い唸りを上げた。
ナギ「……潮目さん。まず『ターミネーター』のように生体皮膚で覆った場合、私のフレーム規格では身長2メートル超の筋肉モリモリの変態マッチョマンの男性の外見になります!第三次世界大戦でも起こされたいんですか!?アイルビーバック!」
白波「それ、別の映画混じってるわよ」
潮目「コマンドー……」
さらにナギの冷却ファンの回転が1段上がる。
ナギ「次に『ロボコップ』のように顔面だけ生身にした場合、夜の暗いラボで私と目が合った潮目さんが恐怖で悲鳴を上げて卒倒するのが目に見えています。ベビーフードのペーストを食べるメカになってほしいんですか?ああ、あのオートナインっていう3点バースト拳銃かっこよかったですね!きっと貴方がたに反抗しようものなら第四指令が発動して麻痺するんだ!ED-209でもコブラ砲でもなんでももってくればいいんです!有毒廃液にでもぶち込んでください!マグナボルトで感電しますよ、バッテリーも長持ち!!」
若干のオーバーヒートを起こしたナギ。30秒ほど冷却期間を置いた後、
ナギ「はあ、はあ、はあ。長過ぎたので要約します。バカなのですか?」
潮目「バ、バカって言われた……! 僕はナギ君を元気付けようと必死だったのに……!」
白波「ふふっ。潮目、あなた慰めるの下手ね。……ナギ、少し落ち着きなさい」
白波はそう言って、ナギの金属フレームの頭?を優しく叩いた。
白波「潮目の妄想は放っておいて、元の論文をよく見てごらんなさい」
潮目「あ、そうですよ! 僕、さっきから必死に元論文のパラメータを解析してたんです!」
潮目はメガネを押し上げ、慌ててキーボードを叩いてグラフを展開した。
潮目「このサイボーグ昆虫は、ミリ単位の瓦礫の隙間をすり抜ける極小の探索ツールなんです。自律思考や複雑なデータ処理はできなくて、遠隔で刺激を与えて誘導しているだけなんですよ」
ナギ「……つまり?」
潮目「つまり、方向性が全く違うんです! ナギ君が彼らに嫉妬するのは、ドライバーが金槌に向かって『釘を打つ能力で負けた』って落ち込んでるようなものですよ!」
ナギ「……むむ……」
白波「そういうことよ。数理モデルを解き、観測データを分析し、現場で臨機応変に機材を操る高度な知能は、その小さなスーツには搭載できないわ。当ラボの過酷な観測を支え、この突拍子もない潮目の暴走を手綱捌きできるのは、世界中であなた一人だけよ。自信を持ちなさい。うちの自慢の研究員を、無意味な謙遜で貶めないでちょうだい」
ナギ「……私の演算能力が、あのサイボーグ虫に劣っているわけではないと?」
白波「当たり前でしょう。むしろ圧倒しているわ。それにね、ナギ」
白波はフッと妖艶に微笑み、ナギのモニターを覗き込んだ。
白波「昆虫サイボーグの登場にそこまで危機感を抱いて、朝から本気で拗ねてみせる『人間臭いAI』なんて、世界中探してもあなただけよ」
ナギ「……ボス。ありがとうございます。インジケーターの視界が晴れました」
白波「ふふ、素直で宜しい。……それから潮目」
潮目「はい」
白波「ナギのために必死になれるあなたの泥臭さと、仲間を想う優しさは嫌いじゃないわよ。もっとも、その情熱を10分の1でもいいから、今日の観測レポートの提出期限に向けなさいな」
潮目「わかりました所長! 今日の珈琲淹れもレポートも全力で頑張ります!」
気がつけば冷却ファンが静音に戻ったナギが言う。
ナギ「ふふ、潮目さん。泥臭いのに必死なところは、昔彼女に『私と泥とどっちが大事なの!』と迫られて振られた時からちっとも変わっていませんね」
潮目は、いやはや、と頭を掻いた。
このとき、二人の預かり知らぬところで、白波は自分のタブレットのメモを入力している。
『数日前に検討していたナギのハードウェアのアップグレード案。T-800スタイル→本日、コマンドーと勘違いすることが判明、ボツ。ロボコップスタイル→ほんとうにED-209を製造しないといけないかも。ボツ』
このデータは素早く4重にセキュリティをかけられ、地球上で白波所長しか閲覧できない状態になった。

